東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)の両者は3月6日、広いクラスの「量子フィードバック制御」において、「トポロジカルな分類」を決定する対称性が10種類に限られることを証明したと共同で発表した。
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量子フィードバック制御の概念図。青い丸や矢印は、位置やスピンなどの粒子の状態、緑の点線は情報の流れ、赤い線はフィードバックを表す。誤差はあるが擾乱が最小である量子測定と、その測定結果を用いたフィードバックを繰り返す状況において、トポロジカルな分類を決定する対称性が10種類に限定されることが証明された。(出所:東大Webサイト)
同成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の聞駿軒大学院生、同・ゴンゾンピン准教授、同・沙川貴大教授(同・工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター兼務)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
量子系を測定し、その結果に応じて系を操作することで状態を制御する量子フィードバック制御は、量子状態の安定化やノイズの抑制、フィードバック冷却など、幅広い量子技術の基盤となる技術だ。近年、この量子フィードバック制御に、トポロジーの概念を導入する試みが活発化している。
トポロジー(位相幾何学)とは、図形を「切ったり貼ったり」せずに、「引き伸ばしたり縮めたり」しても変わらない性質を扱う数学の一分野だ。代表的な例として挙げられるのが、「コーヒーカップとドーナツ」の例である。どちらも「穴が1つ」という構造的な特徴が共通しているため、粘土のように変形させれば両者は自由に行き来できる。
この概念は今、物理学の世界で極めて重要な役割を果たしている。物理系の設定を連続的に変化させても揺るがない「トポロジカルな性質」は、外部からのノイズや不純物といった擾乱(じょうらん)に左右されない、極めて安定した状態を意味するからだ。
この特性を計算技術に応用しようとしているのが、量子コンピュータだ。量子状態は本来、非常に壊れやすくエラーが起きやすいが、トポロジカルな仕組みを利用すれば、情報の堅牢性を劇的に高めることができる。これは「誤り耐性」に優れた次世代量子コンピュータを実現する上での、重要な鍵として期待されている。そしてこのことと関連して、量子フィードバック制御にもトポロジーの概念の導入が検討されているのだ。
トポロジーによる量子系の分類は対称性によって決定されるため、量子系がどのような条件下でどのような対称性を満たすかは重要な課題となる。しかし、量子フィードバック制御というダイナミカルな状況において、対称性とトポロジーに基づく分類がなされていたのは、これまで理想的な「射影測定」を用いた場合に限られていた。
射影測定は、誤差がなく擾乱が最小であるような、理想的な量子測定のことをいう。しかし、現実の実験における量子測定を記述するには適さない場合も多い。このことは、誤差を含む場合や複数の測定とフィードバックを組み合わせる場合といった、実験などにおける実際の動作環境に近い状況について、既存の理論が対応できていなかったことを意味している。つまり、より一般的な状況での分類は、物理学における重要な未解決問題だったのである。
そこで研究チームは今回、誤差を含む「最小擾乱測定」を実施し、それに応じたフィードバック制御を繰り返す状況におけるその対称性を詳しく調べたという。
最小擾乱測定とは、ある誤差を許す量子測定の中で、測定に対する擾乱が最小となるような測定のクラスのことをいい、測定過程を記述する演算子が正値演算子であることによって特徴づけられる。すべての測定は最小擾乱測定と「ユニタリ変換」に分解することができるため、量子測定の基礎となる概念だ。今回の研究では、最小擾乱測定を複数回実施し、それに応じたフィードバック制御を繰り返す状況において、その対称性が10種類に限定されることが数学的に証明された。
最小擾乱測定は、射影測定よりも一般的であるだけでなく、概念的にも量子測定の基礎をなす。今回の研究によって、そのような測定を繰り返してフィードバックを行う広範な状況において、対称性に基づくトポロジカルな分類が可能になった。さらに、10種類以外の対称性については、最小擾乱ではない一般の測定を用いることで実現できることが示された。
量子フィードバック制御は量子技術の根幹をなす手法の1つであると同時に、系を観測しフィードバックする「デーモン」が熱力学第二法則を破っているように見えるという思考実験「マクスウェルのデーモン」のように、情報を利用したエネルギーの抽出などにも用いられる。なお近年の研究から、熱力学に情報量の概念を取り入れることで、デーモンの働きを矛盾なく説明できることが明らかにされた。量子系の場合は、デーモンの働きは量子フィードバック制御の一種とみなすことが可能だ。
今回の成果は、実験的に実現できる量子フィードバック制御がどのような対称性とトポロジーを持つことができるかについて、強い制約があることを示したものである。これは、量子制御の設計指針に大きな示唆を与える成果とした。特に、擾乱やノイズに対して影響を受けにくい量子技術の開拓につながることが期待されるとしている。