「SaaS is Dead」は本当か?AIエージェント台頭で再燃するSaaS崩壊論
2024年末、Microsoft 会長兼CEOのSatya Nadella(サティア・ナデラ)氏がポッドキャスト「BG2」において「SaaS(Software as a Service) is Dead(SaaSは死んだ)」と受け取られる発言が大きな話題になった。実際は「SaaS is Dead」とは言及しておらず、同氏が指摘したのはAIエージェントが主流になれば、従来型のSaaSは崩壊し得るという意図だった。
こうした背景があるにもかかわらず「SaaS is Dead」が2026年に入り、国内外で再燃している。というのも年明け早々にAnthropicが、Claude Codeのエージェント能力を非エンジニア向けに解放し、業務オペレーションそのものをAIが肩代わりする「Claude Cowork」を発表した影響が大きい。
この発表をきっかけに、市場ではMicrosoftやSalesforce、ServiceNow、Adobe、Workdayに加え、Sansan、マネーフォワード、freee、ラクスといった国内外のSaaS企業に対する見方が変化し、株価にも影響が及んだ。この影響は「SaaSpocalypse(SaaSの黙示録)」として再びトレンド化し、ソフトウェア・SaaS株から約2850億ドル(日本円で約43兆円)が短期間で消失したとされている。
そのような状況において、SaaSの比較・選定プラットフォーム「BOXIL」を通じ、導入企業・SaaS事業者双方の動向を見続けてきた、スマートキャンプは2026年1月末に「SaaS業界レポート2025 AI特化版」を公開した。今回、同社取締役執行役員COOの阿部慎平氏と、レポートを企画・執筆した同社広報の岸本美里氏にAI時代のSaaSの変化について聞いた。
「SaaSは死なない」 - AI時代でも続くSaaSと課金モデルの進化
SaaS業界レポート2025 AI特化版は、昨今のAI技術の急速な進展に伴うSaaS業界の変化を踏まえ、AI時代のSaaSについて国内SaaS企業へのインタビューを通じて、AI時代のSaaSの姿を考察している。同レポートでは、日本におけるSaaS企業の責任者に対して、3つの質問をしている。まずは阿部氏に同様の質問をしてみた。
SaaS is Dead論には同意?
→No料金体系はアカウント課金から従量課金モデルに移行する?
→YesUI/UXは根本的に見直しが必要になる?
→Yes
これを前提に、阿部氏と岸本氏の見解を紹介する。まずはSaaS is Dead論についてだ。阿部氏は「SaaSは今後も成長すると考えています」と述べている。同氏によると、ビジネスロジックの担保や保守運用、規制対応などの観点から、自社によるAIのシステム構築・運用は難易度が高いからだという。
そのうえで、阿部氏は「むしろ、SaaS企業はAIを取り入れながら進化していくと予測しています。AIは成長のチャンスであり、保有データ、ユーザー基盤、セキュリティにAIを掛け合わせることで、市場を拡大できると思います」との認識を示す。
続いては、料金体系の移行に関して。AIベースのサービスではAPI利用などが増加するため、SaaSを提供する側のコスト負担が増える。このコストを吸収するために従量課金への移行は避けられないと予測されている。
阿部氏は「ケースバイケースじゃないでしょうか。たとえば、データ量や活動量が増える領域は、成果ベースの従量課金になります。経費精算とかは分かりやすく、処理件数に応じてデータ量が増えていきます。こういった領域は、従量課金になるのでは」と推察している。
他方、ID課金はどのような領域で残るのだろうか。その点について、同氏は「比較的IDに紐づいた勤怠管理や評価の管理といった人事領域をはじめ、データ量と活動量に比例しない領域が残る可能性があります。基本料金と成果課金を組み合わせるなど、ビジネスモデルに合わせた課金体系の最適化が方向性になるのではないでしょうか。また、AIが代替する業務の人件費予算を新たなサービス予算として獲得する動きも考えられます」との見解だ。
岸本氏は「従量課金は良い側面もあり、たとえば電子契約で月額+送信件数という形態であれば、コストが可視化されるため納得感が持てます。仮にID課金のままだったら、処理にかかるコストまで含めて一律の利用料とされると、可視化されずに不信感が強くなる世界も考えられます。そのため、従量課金を一部取り入れることでコストに納得感が持てるのではないかと思います」と説明する。
UI/UXは不要になるのか?自然言語が変える“体験”
次はUI/UXにまつわるものだ。昨今では、UI/UXは自然言語に置き換わるのではないかと予測されている。というのも、たとえば特定の日に売り上げが急増する理由を尋ねるために、チャットベースのAIに尋ねれば解決できる範囲が広がっているからだ。
直近2~3年前まで、そのような要求には特定の技術的言語でクエリを書くか、特別なレポートを作成する必要があったが、現在ではLLM(大規模言語モデル)インタフェースを備えた製品なら専門知識がなくても扱えるようになりつつある。
岸本氏は「SaaS企業の方と話していることは、これまでエンドユーザーにおいて負荷が高かった機能の扱いがAIにより圧倒的に楽になっているということです。また、運用側からすればLLMを活用することで、差戻などのチェックも軽減できるということもあります」と話す。
また、阿部氏はフロントのUIとしてのSaaSは変化する可能性が高いが、管理画面やダッシュボードのような定型情報を確認するUIは価値が残ると考えているようだ。
同氏は「実務者はAIに指示を出す体験が中心となり、UIは不要になるかもしませんが、管理者はUIを通じて状況を把握する必要があるため、最終的な目的や提供価値に合わせてUI/UXの設計は変わっていくものではないでしょうか。データベースとしてのSaaSの役割は変わらずに重要であり、構造化されたデータを蓄積できるかが鍵を握ると考えています」と見立てを語っている。
SaaS企業の明暗を分けるのは組織力 - AI時代の勝敗を決める意思決定
一方、現状ではAIの業務プロセスには人間による確認、いわゆる「Human in the Loop」が必要となっているが、これが進化の途上なのかあるいは長期的に残る設計思想なのかについても聞いてみた。
阿部氏は「AIが判断して自発的にサイクルを回していく中で完結できるようなものは、どんどんAIに任せた方が良いと感じています。人間がボトルネックになって非効率になるのであれば、AIが判断・実行し、問題が発生すれば都度修正していく形になるでしょう」と、展望を語る。
続けて、同氏は「ただ、会計や監査などミスが許されない領域で当面は人間の確認が必要です。AIの精度向上に伴い、確認の頻度やポイントは減少するものの、プロセスとして人間の視点を入れていくことは重要です。AIの導入により、人間の業務は単純作業から確認作業や創造的な業務にシフトしていきます」と予測している。
では、将来的にSaaS企業の明暗を分けたと語れるとしたら、どのようなものになるのか?技術やプロダクト、組織、価格など、さまざまなレイヤーがあるが、どの意思決定なのかは気になるところだ。
阿部氏は「組織」であると強調する。同氏は「さまざまな組織の方と話すと、この2年が勝負、中には半年が勝負という声を聞きます。技術がオープンになる中で、それを活用してどれだけ速くトライ&エラーを繰り返せるかがカギになると考えています」と話す。
最近では、CAIO(Chief AI Officer:最高AI責任者)の設置や専任組織を設ける国内外の企業が増加傾向にあるのも事実だ。岸本氏は「従業員がAIを適切に使えるようにするためのカルチャーや風土の醸成、組織全体のAIに対する習熟度、リテラシーの向上が必要になります」と説く。
また、阿部氏は「今後、AIを育てる技術職としてAIトレーナーが増えていくという話もあります。対応が速い会社は担当役員・組織の設置に加え、従業員のみならず経営陣に対してもAIに触れる機会や勉強会などを積極的に提供しており、そのような組織が強いのではないかと思います」と述べている。
AIエージェントの進化によってSaaSを取り巻く環境は大きく変わりつつあるが、それはSaaSの終焉を意味するものではない。
課金モデルやUI/UX、業務プロセスの在り方は再定義を迫られる一方で、構造化データを蓄積し、信頼性や運用、規制対応を担保するSaaSの基盤価値はむしろ重要性を増している。AIをどう組み込み、組織としてどれだけ速く学習と試行錯誤を回せるかが、これからのSaaS企業の明暗を分ける分岐点となるのではないだろうか。



