テルモ社長CEO・鮫島 光「過去は変えられないが、未来は変えられる」

課題解決型の経営を志向

「デバイスからソリューションへ」─。テルモ社長CEO・鮫島光氏は同社の戦略ビジョンの方向性についてこう表現する。

 生成AIの登場や、ロボティクスの医療分野での活用など、時代が大きく変化する中で、諸課題解決へ向けて、ソリューションの提供が求められる時代になってきたということである。

 医療機器大手、テルモの創業は1921(大正10年)、国産体温計の製造・販売からスタートした。その後、日本の近代化と共に医療機器製造の道を歩んできた。

 創業期は第1次世界大戦間もない頃で、世界中が疲弊。加えてスペインインフルエンザ(風邪)がパンデミック(世界的流行)となり、死者数は数千万人から1億人に及んだといわれる。

 当時、日本は医療に不可欠な体温計をドイツから輸入していたが、第1次世界大戦で敵国となったドイツからの輸入ができなくなり、国内での体温計製造が急務となった。

 そこで、北里柴三郎・博士らがテルモ設立を主導し、体温計の国産化に成功した。北里博士は、ペスト菌発見や破傷風の治療法開発で知られ、感染症医学の発展に貢献した人物。

 単に、医療機器(デバイス)を開発・製造するだけではなく、国民的課題の解決策(ソリューション)を見出していこうというのが会社設立の原点である。

 企業経営者は、当座の問題に対応しながら、経営を軌道に乗せなければならない。同時に、「中長期の視点で、自分たちの存在意義とは何かを考えながら、課題解決に当たっていかなくてはと思っています」と鮫島氏は中長期視点に立った経営を志向。

 会社設立から104年が経つ中で、鮫島氏が改めて語る。

「会社の歴史を振り返ってみると、最初は体温計の会社として体温計しかやっていませんでした。ところが、1960年代には使い切りの注射器を日本で初めて導入しました。それから1980年代にはカテーテルの世界にも踏み込んでいった。さらに2000年前後からは、今後はグローバル化をしないといけないということで、クロスボーダー(国境越え)のM&Aを実行してきました」

 鮫島氏は、「その時々で、その時の経営者たちは大胆な意思決定をしてきた」と次のように続ける。

「おそらく会社の中長期の成長ということを考えた時に、体温計だけを売っていても駄目だよねと。あるいは使い切りの注射器だけでは駄目だよねということでやってきているはずなんですね。このテルモの歴史や伝統、DNA(遺伝子)をわたしは受け継ぎ、それを次世代にしっかりと引き渡していく必要があると思っています」

 鮫島氏はこう語り、「これからの10年、20年、その先を含めて、テルモという会社がどうあればいいのか、われわれの存在意義をどう打ち出していけばいいのかという目線で考えていきたい」という思いを述べる。

米国の関税策の影響は?

 ここ数年のテルモの業績を見ると、コロナ禍に入った2021年3月期に一度、減収減益決算になったが、その後は増収増益基調をたどっている。

 2025年3月期は、売上高で初めて1兆円を突破し、1兆0361億円、営業利益1576億円という実績。今期(2026年3月期)は売上高約1兆1080億円、営業利益1815億円を見通す。

 同社の強みは何と言っても、心臓や脳などの疾患に対する『カテーテル』治療である。直径数ミリの柔らかい管を鼠径部や手首、肘から血管に入れ、患部の検査や治療をする方法で、これだと心臓治療の場合、開胸せずに済み、患者の負担も大きく軽減されることから、急速に広まってきた。

 同社は、このカテーテル治療の中でも特に、心臓血管分野に強い。さらに、新型コロナ重症患者治療の最後の切り札とされた『エクモ(体外式膜型人工肺)』でも存在感を示した。

 今年1月23日時点での株式時価総額は3兆1972億円強。PER(株価収益率)は23.42倍、PBR(株価純資産倍率)は2.22倍、ROE(自己資本利益率)は8.86%という実績。

 市場の評価は、PERが大体17倍を境目に、それ以上高ければ高評価となる。PBRについては、『1』を割り込むと、会社価値が解散価値を下回るとみなされる。同社の場合は2倍以上である。ROEについては、大体8%以上だと高収益企業とされてきたが、最近では10%以上が求められるようになっている。

 この点に関しては、同社もさらなる努力が求められることになる。

 このような同社の現況だが、今は世界的にインフレ傾向で原材料価格高騰が進み、米トランプ政権の高関税策、さらには地政学リスクも加わり、先行きが不透明な状況。特に、米政権の関税策の影響はどうなのか?

「関税の影響はもちろんありますよ。今年度(2025年度)でおよそ100億円位は影響が出るかと見ています」

 同社の売上高が1兆1000億円強であるから、1%位の影響が出ることになるが、「ある程度、ヘッジできています」と鮫島氏は語る。

「アメリカの会社を何社も買収(M&A)していることもあって、実は最終製品ベースで見ますと、アメリカで販売している製品の約6割は米州で生産できています。そのため、完全ではないんですけれども、ある程度ヘッジができているので、100億円のインパクトはほぼ吸収可能かなと見ています」

 国際秩序が混沌とし、先行き不透明感が深まる今、他では代えがたい〝得意分野〟を持つことが大事。

 鮫島氏もこの点については、「ある程度のシェアを持つ。そして代替品に移りにくい製品群を持っていることは極めて重要ですね」という考えを示す。

〝繋ぐ〟をキーワードに

 同社の事業は、大きく分けて3つのカンパニーで構成される。

 1つ目は、心臓血管カンパニーで、同社最大の事業領域で全売上の6割を占める。

 2つ目は、メディカルケアソリューションズカンパニー。祖業でもある体温計も含めた、病院で日々使われる医療材料を提供するもので、全売上の2割を占める。

 3つ目が血液・細胞テクノロジーカンパニー。輸血や血液製剤関連のビジネス。これも全売上の2割を占める。

 医療技術は日々進化し、各国で開発・開拓努力がなされている。新薬開発も同じである。

 テルモは、創薬そのものは手がけていないが、「製薬メーカーさんのお助けをするというのは、一部ですけれども、そういった仕事があります」と鮫島氏。

 メディカルケアソリューションズカンパニーや血液・細胞テクノロジーカンパニーでは、製薬メーカーとの間で協業ビジネスを展開。現在は、自社単独では技術的にも、また資本的にも、新製品・新技術の開拓が難しいものは他社との協業や提携で対応するケースが増えている。

 つまり、〝繋ぐ〟ということが1つのキーワードとなっている。自らの強みと他者の強みを繋ぐことによって、化学反応を起こし、1+1=2以上の相乗効果を生み出すことが狙いだ。大企業同士の提携だけでなく、大企業とスタートアップとの連携も注目される。

「はい、医療機器の業界もスタートアップから革新的な技術をどう導入していくかが極めて重要な戦略のオプションになります。医療技術の場合は、やはりイノベーションが不可欠ですし、それはアメリカから起きてくることが多いですね。それで初めてコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を正式に発足させました」

 同社は2024年、『テルモベンチャーズ』というCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の活動を開始。すでに6社のスタートアップに出資している。

 また、M&A(合併・買収)にも積極的だ。昨年、移植用臓器を保存・輸送する機器を手がける英国の医療機器メーカー・オーガノックスを約15億ドル(当時の為替で約2200億円)で買収した。

 近年盛んに行われるようになった臓器移植の課題は、ドナー(臓器提供者)から提供された臓器も、時間が経つとどんどん劣化してしまうこと。患者の元に届くまでの時間が長ければ長いほど臓器の劣化が進み、最悪の場合には移植に適さない─ということにもなる。

 これまでの臓器移植は、ドナーやその家族の合意の下、臓器を提供してもらい、基本的には、その臓器を氷が入った冷蔵容器に入れて患者の待つ場所へ運んでいた。極めてプリミティブ(原始的)な運搬方法が行われてきたのである。

「ええ、そうなんです。廃棄されてしまわないようにするために、提供された臓器に、いわゆる常温機械灌流という措置を行います。赤血球ならびに栄養剤、そして薬剤を循環させて保存するんですね。そうやって機能を劣化しにくくして、移植に適さない臓器をぐんと減らすことができるんです」と鮫島氏は語る。

 この〝常温機械灌流〟という技術を開発したのが、英オーガノックス社である。

ドナーにも、患者にも、また医師の働き方改革にも

 臓器移植は、ドナーが意思表示をしていたとしても、実際の場面になると、遺族の同意が必要だったりする。

 ドナー登録をしている患者が脳死と判定され、医師が患者の家族に臓器提供の確認をすると、家族会議が開かれる。患者家族が結論を出すまでには長い時間がかかることがあり、それが真夜中になることもある。臓器移植に家族のOKが出されると、そのタイミングで医師たちが駆り出され、真夜中の緊急手術になるケースも多かった。

 それがこの常温機械灌流システムの採用で、計画的な手術が可能になり、医師や看護師たち医療チームの働き方改革にも繋がった。

 ドナーの善意を活かし、患者の命を救い、さらに医療関係者の働き方改革にもつながる。まさに、『デバイスからソリューションへ』の実践である。

世界の医療機器市場での日本の立ち位置

 日本の医療機器メーカーは世界でどのような位置付けにあるのか?

 世界最大の医療機器メーカーは米メドトロニックとされる。他には、米アボットや米ジョンソン・エンド・ジョンソンといった企業が並ぶ。米メドトロニックは心血管治療から、脳神経、脊髄、外科、糖尿病などの領域にまで事業を拡大し、メドトロニックやアボットなどは売上高を300億ドル台に乗せている。日本円に換算すると、4兆数千億円にのぼる。

 日本では、トップのテルモの売上高が1兆1000億円台、胃や大腸などの内視鏡検査機器に強いオリンパスが1兆円弱という規模。

 売上高では4倍ほどの開きがある。こうした欧米の医療機器メーカーと伍していくには、日本勢はどのようなスタンスで臨んでいくべきなのか─。

 先述の通り、鮫島氏は、「中長期の視点で開発、製造・販売に取り組んでいく」との姿勢を示す。

 時代の大きな趨勢を睨みながら自分たちの進路を見据えるという基本姿勢に変わりはないとしつつ、鮫島氏が語る。

「過去の成功体験というのは大事なんですが、それにしがみついてはいけないという感覚はすごくありますね。守りに入ってしまうと、おそらく衰退してしまうんじゃないかと思います」

「過去は変えられないが、未来は変えられる」─。鮫島氏が大切にしている言葉である。常に、進取の精神で時代のニーズを汲み取っていくということ。

 そして、変化の時にあって、経営者の決断が大事だということ。

 例えば、同社は中国の杭州(浙江省)と首都・北京に生産拠点を持っているが、これについて、鮫島氏が語る。

「中国の工場は1990年代半ばに建てているのですが、当時は野原でした。わたしは当時の写真を見て、よくここに工場を建てようと判断したなと思うんですよ。今や、両工場とも、大都会の中にバンとある感じなんですね。1990年代後半には、その頃、大して有名でもないインドの会社と合弁で血液バッグの生産を始めたんですよ。インドのケララ州という最南端の所にあるんですが、これもインドはこれから成長する国だという考えだったと思うんですね」

 その後、そのインドの合弁会社は独資化したが、当時のテルモ経営陣の布石が現在のインドとの繋がりの基礎になっている。

 今、世界では〝分断と対立〟の様相が見られるが、医療は国を超えて、国と国を繋ぎ、人と人を繋ぐ。

「医療関連は人道的な側面が非常に強い産業だと思います」と、このことを意識して今後も仕事に当たるという鮫島氏である。

ハードとソフト両方を持つのが日本の強み

 今はAIが医療の世界でも活用され始めた。AIと画像診断は比較的に親和性が高いとされる。例えば、血液の流れが良くない冠動脈を広げるカテーテル手術を行う場合、これまでは超音波や光で血管の画像を撮り、その画像を見ながら、医師の知識や経験を基にどう処置するかを決めていたが、これからはAIが情報を解析し、ガイドするようにもなる。

「ええ、最終的にはこの場所にこういったサイズのステントを置くといいですよ、といったアドバイスもできるようになる」

 鮫島氏が続ける。

「心臓は実際には3次元なんですよね。冠動脈も(複雑に)カーブしている。それを2次元の画像を見ながら、医師が頭の中で2次元から3次元に変換させているんです。それをAIは、このサイズのステントをこう置けばいいよねと考える。AIの画像分析によって付加価値を高められる。もしかしたら、もう誰でも神の手になれるかもしれないということも含めてわたしたちは今、開発、研究を進めています」

 こうした技術の開発は米国でも進んでいるが、日本には日本の強さがあると鮫島氏は言う。

「そもそも、いわゆる血管内画像診断のデバイス(機器)や診断そのもののクオリティが悪ければ駄目なわけです。テルモは結構国内で頑張ってきたので、カテーテル(機器)とコンソール(診断)の両方があるわけです。つまりハードとソフトの両方があり、国内においては、今、マーケットリーダーのポジションを確立できていると」

 均質のモノづくり─。カテーテル手術を例にすると、医師はどのような症例でも、「同じような手触り、同じような使いやすさ、同じようにスムーズな手技をしたいわけです」と鮫島氏は言う。

     

カテーテルとは、細くて柔らかい管のこと。このカテーテルを血管内に入れて心肺や脳の検査や治療を行う。

 このカテーテルでは手術がうまく行ったが、別のカテーテルでは何か動かしづらい箇所があったというのでは困るということ。

「同じような質の高さで製造する。わたしたちは、均質という言い方をしていますけれども、それが5本、10本の単位ではなく、10万本、100万本、1000万本の単位でも、どれを取っても、非常にいいデバイスをつくることができると」

 鮫島氏はデバイスの製造について、「安定的につくることは、なかなか定量化しづらいんですけど、これが隠れた競争力になっていると思います」と語る。

 日本の産業界が得意とする〝擦り合わせ〟の技術。さらにはクラフトマンシップ(職人技)の極致を活かしたカテーテルやガイドワイヤー(患部に医薬を運ぶデバイス)づくりが強みになっているということ。

 内外にカテーテルを製造するメーカーはあるが、「われわれの目から見ると、似て非なるものと言うんですかね。われわれは特許も何もないんですが、やはり高いレベルで大量生産できて安定的に供給できる」と鮫島氏は強調し、次のように続ける。

「われわれと同じレベルで供給できる会社さんというのは、ほぼないと思います」

 AIやロボットが医療の世界で活用され始め、人と最先端テクノロジーとの新たな関係づくりが求められる中で、〝均質のモノづくり〟、〝ハードとソフトの融合〟を果たしていきたいとする鮫島氏だ。

入社時、海外の売上比率は 2割、今は8割に拡大

 鮫島氏は1964年(昭和39年)5月生まれの61歳。1988年慶應義塾大学経済学部卒業後、石油精製の東亜燃料工業(現ENEOS)に入社。13年間、東燃に在籍。その後、シティバンク、エヌ・エイを経て、2002年テルモ入社。経営企画などを担当。2018年常務執行役員、2022年専務経営役員を経て、2024年4月社長最高経営責任者(CEO)に就任。

 旧東燃は、石油産業界にあって、石油精製に特化するというユニークな存在で知られた会社。社内には〝Think Hard〟(徹底して考え抜く)という標語が貼られており、「とにかくロジカルにとことん本質を考え尽くす会社でした」と述懐する。

 本人は縁あって、2002年にテルモに入社。当時の社長は富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)取締役出身の和地孝氏。和地氏は社員をアソシエイト(Associate、仲間)と呼び、人と人をつなぎ、経営のグローバル化に着手。国と国をつなぐ経営体質づくりに奔走した。 「わたしが入社した時の売上高比率は、約7割が日本、約3割が海外でした。それが今は逆になりました」と鮫島氏。

 鮫島氏は「テルモは医療に真剣に向き合う文化を持つ会社」という認識を示し、今後も、「日本企業ならではの真摯に医療に向き合う文化を磨き、世界のグローバルトップリーグに入っていこうと社内に呼びかけています」と将来へ向けての抱負を語る。

 混沌とする中、経営の持続性を図り、成長へ向けての挑戦は続く。