岡山大学は2月19日、シリコンフォトニクス技術を活用することで、小型・軽量、低消費電力かつ低コストといった諸条件を満たした小型人工衛星用「静電気センサ」を開発したと発表した。
同成果は、岡山大 学術研究院 環境生命自然科学学域(工)の髙橋和教授(大阪公立大学(大阪公大)在籍時より研究開始)、大阪公大の大塚亘晟大学院生、岡山大の髙濵渉 特別研究生、九州工業大学の豊田和弘教授、産業技術総合研究所の菊永和也グループ長、春日電機の共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のナノフォトニクスを扱う学術誌「npj Nanophotonics」に掲載された。
宇宙空間は、荷電粒子や高エネルギー放射線が飛び交う極めて過酷な環境だ。これらは、人工衛星などの宇宙機に搭載された電子機器にも甚大な被害を及ぼすリスクがある。特に、電子機器が常に帯電の脅威にさらされている点は深刻であり、結果として生じる故障はスペースデブリの発生にもつながる。そのため、人工衛星の故障率を低減させることは、宇宙開発における喫緊の課題といえる。
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(左)太陽からは高エネルギー粒子や宇宙放射線が常に放出されており、地球周辺は地球磁場に捕獲されたプラズマが取り巻いている。(右)周囲の宇宙空間と人工衛星の電位差が100Vを超えると、静電気放電リスクが高まる。(出所:岡山大プレスリリースPDF)
宇宙機が帯電すると、周囲の宇宙空間との間に電位差が生じる。この電位差は刻一刻と変動しており、一定の閾値(目安として約100V)を超えると「静電気放電」が誘発されやすくなるのが特徴だ。静電気放電は電子機器に致命的なダメージを与え、誤動作や機能停止を引き起こす。実際、宇宙機の不具合の多くが帯電に起因すると推測されており、静電気対策の確立は長年の重要課題とされてきた。
しかし、大きな障壁となっているのが、宇宙機と宇宙空間との電位差を正確に計測できる汎用的なセンサが存在せず、その開発も極めて困難であるという点だ。従来の帯電モニタリングは、一部の大型衛星ミッションに限定されており、小型衛星における実用的なデータの蓄積は遅々として進んでこなかった。現在、軌道上では1万機を超える小型衛星が運用されているが、その大半は静電気を計測するセンサを搭載していない。そのため、衛星事業者は明確なデータがないまま、潜在的なリスクを抱えて打ち上げに臨まざるを得ないのが実情だ。
加えて、観測データの不足は、宇宙天気予報の精度向上や宇宙保険制度の拡充を妨げる要因にもなっている。宇宙ビジネスが持続的に成長を遂げるためには、この静電気問題を根本から解決する手段が強く望まれていた。
次世代のセンサには、静電気放電や宇宙放射線への高い耐性を備えた測定原理が必要となる。その上で、小型衛星への搭載を前提とした「小型・軽量」「低消費電力」、そして「低コスト」という厳しい条件をすべて満たさなければならない。そこで研究チームは今回、シリコンフォトニクス技術を応用し、これらの要求を網羅する新たな宇宙用帯電センサの実現に挑むことにしたという。
シリコンフォトニクスとは、半導体材料であるシリコン基板上に光回路を形成史、光信号を用いて情報の伝送や処理を行う技術を指す。従来の電子回路に比較して高速かつ低消費電力な動作が可能であり、次世代のデータ通信や高精度センサのキーテクノロジーとして世界的に注目を集めている。
今回開発された「フォトニック帯電センサ」は、モジュールサイズ30mm×25mm、重量約100gという極めて小型・軽量な仕様が実現された。帯電を検知するコアユニットには、表面積が大きいフォトニック結晶導波路を組み込んだ1mm角のシリコン光導波路チップを採用。また、モジュールには光ファイバが接続されており、光源や検出器といった電子機器類をセンサヘッドから物理的に離して配置できる構成となっている。
このセンサを宇宙空間を模したプラズマ環境中に設置し、電位差の変化に伴う透過光強度の測定が実施された。その結果、電位差の変化に応じて透過光強度が系統的に変化することが確認された。詳細な解析から、プラズマ中でシリコン導波路に蓄積した電荷が自由キャリア(電子や正孔)を生成し、それが導波路を伝搬する光の吸収損失を増加させることが判明した。これは、半導体中のキャリア密度の変化によって光吸収が変化する物理現象「自由キャリア吸収」に基づく原理である。
さらに、自由キャリア吸収の強度が電位差に比例することを利用し、透過光の強度から宇宙機の帯電状態を精密に推定できることが実証された。特筆すべきは、静電気放電が発生し得る高電位領域においても、センサが破壊されることなく電位を継続的に計測することに成功した点だ。センシングの根幹に電子回路ではなく光回路を用いる設計としたことで、放電による電気的ダメージを回避できる耐性が獲得できたとした。
このセンサが実用化されれば、宇宙機の帯電状況を“ドライブレコーダー”的にリアルタイムで可視化できるようになる。1万機を超える衛星すべてにこのセンサが普及すれば、宇宙空間の帯電マップを常時把握することも夢ではない。これにより、従来は原因特定が困難だった宇宙機事故についても、静電気放電の関与を含めた科学的な究明が可能となり、故障の予知・予防につなげられる期待が高まっている。副次的な効果として、宇宙開発おリスクが明確化されることで、高止まりしている宇宙保険料の適正化にも貢献することが期待される。
こうしたリスクとコストの低減は、新規プレイヤーの宇宙参入を促す土壌となり、持続可能な宇宙開発の強力な推進力となる。また、宇宙環境の高い解像度で把握することは、安全な船外活動(宇宙遊泳)の支援や、オーロラ予報を含む高精度な宇宙天気予報など、多方面にわたる波及効果をもたらすことも期待されている。
なお、今回のプロジェクトは、科学技術振興機構の「JST 大学発新産業創出基金事業(PSI・GAPファンド)」の支援を受け、現在は事業化に向けた準備段階にあるとのこと。今後は大学発スタートアップを設立し、まずは宇宙機向けセンサとしての市場投入を目指す計画とした。将来的には、今回の技術を宇宙活動の高度化に伴う多様な静電気リスクを低減する「宇宙の安全インフラ」へと発展させることを目指すとしている。


