名古屋大学(名大)は2月10日、指名打者(DH)を含むポジションごとの控え選手の成績をパ・リーグ10年間の詳細な打撃データと守備イニングデータから集計し、それらを基準にレギュラーの価値を再評価する「ポジション別レギュラー補正法」を開発して統計的に解析した結果、DH(指名打者)制の有無がチームの勝率や戦略上のバランスに対して本質的な影響を及ぼさないことを明らかにしたと発表した。

  • DH制の有無はチームの勝率には大きく影響を与えないことが判明

    今回の研究により、DH制の有無はチームの勝率には大きく影響を与えず、ポジションを問わず、勝敗に関わる選手が多いチームほど安定して勝利していることが明らかにされた。(出所:名大Webサイト)

同成果は、名大大学院 情報学研究科の清水詩乃大学院生、同・鈴木泰博准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米オンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載された。

DHを含む各ポジションの影響を解析

DH制度は、1973年に米国メジャーリーグ(MLB)で導入され、日本プロ野球(NPB)では1975年にパシフィックリーグ(パ・リーグ)が採用し、セントラルリーグ(セ・リーグ)でも2027年からの導入が予定されている。投手が打席に立つ代わりに打撃専門の選手を起用できるこの制度は、打撃力の向上による得点力の増加、ひいてはチームの勝利に直結すると考えられてきた。それに加え、攻撃的な野球は観客動員にも寄与すると期待されたことも導入の理由だ。しかし、この精度が実際のチーム戦略や勝率にどのような影響を与えているのかについては、これまで客観的なデータに基づく検証が十分になされてこなかったとする。

近年、野球界では統計学的な見地から選手やチームのパフォーマンスなどを評価・分析する「セイバーメトリクス」が普及している。中でも、「WAR(Wins above Replacement)」は、打撃、守備、走塁、投球などの各要素を総合的に計算し、その選手が「代替可能な控え選手」と比較して、チームの勝利にどれだけ貢献したのかを総合的に評価することを実現した代表的な指標だ。

しかし、従来のWARにおける「代替水準価値」の算定には課題があった。年度ごとに変遷する控え選手のレベルを理論上の定数として扱ってしまうため、実態との解離が生じていたのだ。そこで研究チームは今回、従来の課題を解決する新たな分析手法を開発し、それを用いてDH制が勝利をもたらす真の貢献度を調査したという。

  • パ・リーグにおけるリーグ平均と控え選手のwOBA年度比

    パ・リーグにおけるリーグ平均と控え選手のwOBA年度比。図中のPa_Bはパ・リーグにおける控え選手のwOBAを、Pa_aveはパ・リーグ平均wOBAを、B/aveはPa_BをPa_aveで割ったものを表す。なおwOBAとは、打者がどれだけチームの得点に貢献したかを評価するための指標のこと。(出所:名大プレスリリースPDF)

一般に、捕手や遊撃手のように守備力が重視されるポジションと、一塁手やDHのように高い打撃が期待されるポジションでは、求められる役割が根本的に異なるとされる。だが、従来の分析法では全ポジションを一律に計算するケースが多く、守備位置による特性の違いが十分に考慮されていない側面があった。

そこで今回の研究では、パ・リーグ10年間の詳細な打撃・守備データに基づき、DHを含めポジションごとの控え選手の成績を個別に集計。それを基準にレギュラーの価値を再評価する「ポジション別レギュラー補正法」が新たに開発された。

この新手法は、控えレベル選手の指標を実測値として扱うことで、ポジションごとの打撃レベルの差異を正確に反映できる点が特徴だ。各ポジションにおいて、出場機会の多い主力選手と控え選手の打撃成績を分離して評価するため、より現実に即した数値化が可能となる。その結果、どのポジションの選手が真にチームの勝利に貢献しているのかを、従来よりも精密に捉えられるようになったとする。

なお従来の手法では、DHは一塁手や外野手の延長であり、単に「守備に就かない選手」としてのみ扱われることが多く、その特有の役割やチームへの影響を個別に評価することは困難だったとのこと。しかし今回のポジション別レギュラー補正により、独立したポジションとして定義したことで、他の守備位置と同等の基準でDHの貢献を評価できる仕組みが整ったとした。

この手法を用いてDH制度がチームの勝利バランスに与える影響を検証するため、DH制のある場合とない場合のそれぞれで、WARとチーム勝率の相関が比較された。その結果、両者の相関係数はほぼ同等であり、統計的にも有意差は見られなかったとした。つまり、DHの選手がどれほど活躍したとしても、チーム全体の勝ち方の構造そのものが劇的に変化するわけではないことが浮き彫りとなった。

  • パ・リーグにおけるWARとチーム勝率の相関係数

    パ・リーグにおけるWARとチーム勝率の相関係数(出所:名大プレスリリースPDF)

結論として、DH制の有無に関わらず、高い貢献度(WAR)を持つ選手を多く要するチームほど安定して勝利を収めており、DH制そのものが勝利の方程式を書き換えるわけではないことが判明した。これは、選手の貢献がDHの有無に左右されることなく、等しくチームの勝率に反映されていることを意味する。この成果により、DH制はチームの勝率や戦略上のバランスを大きく崩す原因にはならないことがデータによって裏付けられたとした。

DH制の導入を巡る議論では、これまで主観や印象論が先行する傾向があった中、今回の研究成果について研究チームは、過去10年分の実データに基づきDH制の影響を客観的に評価できる科学的な分析手法を提示した点に意義があるとする。NPBでも2027年シーズンからセ・リーグでのDH制導入が決定し、高校野球でも検討されるなど、DH制の拡大が議論されているが、今回の成果はこうしたDH制のあり方を合理的に判断するための重要な指標になるとしている。