近畿大学(近大)は2月5日、富山県射水市にある同大富山実験場において、養殖が難しいとされてきたノドグロ(標準和名:アカムツ)の完全養殖に成功したことを発表した。
ノドグロ養殖の道のり
今回の成果は、近大 水産研究所の所長を務める家戸敬太郎 教授および同研究所 富山実験場の技術職員である中村尚隆氏らによるもの。家戸教授がノドグロの養殖に向けた研究を開始したのは2015年(2013年に先行して水産研究所として人工ふ化に成功したことを報告している)。近大発ベンチャーである「アーマリン近大」から奨学寄付金を受ける形で、日本海側の名産であり、美味かつ高級であるという理由などを踏まえ、ターゲットをノドグロとして研究を開始したという。
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研究成果の発表を行った近大 水産研究所 富山実験場の技術職員である中村尚隆氏(左)と同大 水産研究所の所長を務める家戸敬太郎 教授(右)。水槽の中は10月6日に生まれた稚魚(2026年2月5日時点で122日齢)
翌2016年には富山県入善町で漁獲されたノドグロから採卵、人工授精、人工ふ化飼育により、100日齢で95尾の生存を確認したものの、漁の時間帯が産卵時間帯がずれていることもあり、安定した採卵ができないという課題があり、2018年に新潟県立海洋高校と高大連携協定を締結したほか、新潟県上越市の上越漁協と併せてノドグロの採卵への協力を養成。上越漁協の協力で漁の操業時間を産卵時間へと併せる形にしてもらうことで、2019年以降は「漁師の方が有能で、年々、刺網の場所を細かく調整してくれ、確実に卵を持つメスを獲ることができるようになった」と家戸教授が評するほど安定して良質な卵を得ることができるようになったという。
しかし、稚魚から成魚へと成長させるのが難しく、例えばガス病を発症し、2018年末から2019年初頭にかけて約1万1000尾が死んでしまったこともあるという。このガス病の解決に向けて家戸教授らは通常の空気によるバブリングに加えて、酸素のバブリングに追加し、飼育水槽内の酸素飽和度を厳密にコントロールすることでガス病を克服。2022年には約1万尾の稚魚の生産に成功したという。
2023年には3万尾以上の稚魚の生産に成功し、量産に向けた兆しを感じていた矢先の2024年1月、能登半島地震が発生。富山実験場も水深100mの海水を取水するために海水くみ上げポンプの配管が液状化や地割れの影響で破損したほか、酸素供給の停止、停電による電力供給の停止などの影響もあり、現場にスタッフが駆けつけて酸素供給の再開などを行うまでに時間がかかった結果、2022年生まれの8000尾のうち3000尾が、2023年生まれの2万尾のうち5000尾がそれぞれ死んでしまうという被害を受けたとするが、全滅を免れた稚魚たちはその後、2024年に8000尾が、2025年には3万7000尾が放流されたという。
2025年には、これまでの実績から安定して稚魚を得られるようになったと判断。2022年生まれのノドグロを親魚として、同年8月より自然成熟とホルモン投与による催熟の両面で採卵に挑戦。先行研究で水温を20℃にすると自然成熟を促すという報告があったことを受けて、20℃に加温(取水している水深100mの海水温は18-19℃程度)する取り組みを9月に行ったところ、産卵は確認できたものの、受精には至っていないことを併せて確認したとする。
一方の催熟群については、9月下旬から10月上旬にかけてホルモン投与により産卵を促したメスと成熟したオスを同一水槽で飼育する形で産卵を試みた結果、メス5尾から計7回、約20万個の自然産卵が確認されたものの、こちらも受精には至っていないことが確認されたという。
これらの結果を受けて研究チームでは、自然産卵では厳しいという判断のもと、10月4日に人工授精を前提とした採卵を行い、メス6尾から計8回、約36万個の卵を得ることに成功し、それらに対する人工授精を実施。10月6日に人工ふ化に成功したことを受けて、養殖の親魚から得た卵からのふ化を確認したとし、完全養殖の達成と判断したとする。
その後10月10日までに計4例の人工ふ化に成功したとのことで、そのうち2例について飼育を継続しているという。
商業化に向けた課題
家戸教授は、「ノドグロの研究として、卵を獲る研究や、卵から育てる県k乳はあるのだが、そこから大きく育てる研究はほぼない状態。そういった意味では、エサのやり方や病気への対処など、基本的な養殖に必要な技術のほとんどがわかっていないため、現在も1つずつ研究を進めている。少しずついろいろなことが分かってきたが、まだまだ謎の多い魚」と説明する。実際、産卵後も2022年生まれの親魚は生きていたが、その後ウィルス性の病気が水槽内に発生し、多くの親魚が死んでしまったとのことで、今後はそうした病気への対処などを含めた研究を進める必要があるとする。
また、現在の養殖手法では卵から生まれたノドグロの9割以上がオスになる現象が確認されており、自然界での比率とは大きくかけ離れていることも確認されている。家戸教授は、「(9割以上がオスになることについて)原因がわかれば苦労はしない」としつつも、「親を選ぶことができるようになったので品種改良への道が開かれたと言える。ノドグロはメスの方が成長が早いこともあり、養殖するのであれば全部メスにする飼育方法などを考えたり、ほかの魚種ではできている性転換させる技術であったり、遺伝的な改良によるより早く育つ品種を作るといった取り組みも進めていきたい」と今後の研究方針を説明する。
さらに「養殖をビジネスとして軌道に乗せるためには、最終的には自然産卵で質と量の確保、育成のための作業の手間を減らすということがポイントになる」(同)とし、良質な卵を大量に確保する手法に加え、安定して卵から育てられる技術開発を進めていきたいとする。ちなみにノドグロは神経質かつデリケートなため、飼育が難しく、光の変化や振動に敏感に反応してしまい、隣の道路にトラックは走るだけで暴れたり、雷の光にパニックになったりといったことも確認されており、光が入らないような工夫などを行うことで、安静にさせているとするが、一方で稚魚の状態の場合、水産研究所の別拠点である白浜実験場に水槽に入れた状態で車で運んでも暴れることはないなど、本当にまだ良く生態そのものもわかっていないとしている。
大阪と東京で近大産ノドグロの提供を計画
家戸教授は、ノドグロの養殖ビジネスを2段階で考えているとする。1段階目は種苗として、養殖業者に提供すること。これについては5年程度でビジネス化に漕ぎつけたいとする。ただし、「水温を低く抑えられる陸上養殖が必要だが(水温が29℃以上になると死んでしまうため、1年を通しての海面での養殖が難しい)、コストがかかるため現状の3年の養殖期間は長く、長くても2年程度で出荷できるようにしないといけない」(同)という課題があり、成長の早いメスを増やすための研究を推進していくことを強調する。
2段階目は食卓に向けた提供だとするが、ノドグロ養殖ビジネスが拡大した後となることから、食卓に直接提供されるようになるのは種苗の供給からさらに2~3年程度かかるとの見通しを示す。
ただし、近大では完全養殖ではなく、その親魚(2022年生まれ)について水産研究所が展開する大阪店と東京の銀座店にて「近大ノドグロ(仮名称)」として提供していく予定としており、こちらについては近いうちに改めて提供時期などについて発表する予定だとしている。


