理化学研究所(理研)、兵庫県立大学、高輝度光科学研究センターの3者は1月30日、大型放射光施設SPring-8に設置された「放射光軟X線光電子顕微鏡法」(PEEM)を活用することで、従来の手法では検出が極めて困難だった高熱により編成した資料から「指紋隆線(線状の隆起)」を明確に確認できる画期的な検出法を開発したと共同で発表した。
同成果は、理研 放射光科学研究センター 軟X線分光利用システム開発チームの濵本諭特別研究員、理研 法科学研究グループの瀬戸康雄グループディレクター、兵庫県立大 高度産業科学技術研究所の大河内拓雄教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する分析科学を扱う学術誌「Analyst」に掲載された。
火災現場などの遺留品からも指紋が検出可能に
刑事ドラマなどでもお馴染みの指紋検査は、事件現場などで発見される遺留指紋の隆線パターンを対照指紋と照合し、被疑者や被害者を特定する有効な個人識別技術として、科学捜査の最前線で活用されている。
現場から採取される遺留指紋には、肉眼で明確に見える「顕在指紋」と、肉眼で見えにくい「潜在指紋」の2種類が存在する。後者は、粉末法などで顕在化させてから観察を行うが、従来法は指紋に含まれる有機物を指標とするため、火災や銃弾の発射による高熱で有機物が変質・消失すると、指紋の検出は不可能となってしまう。
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SUS基板における指紋の光学顕微鏡像。非加熱時は指紋隆線を確認できるが、しかし400度で加熱すると指紋隆線は消失してしまう(左)。アルミニウム、ガラスの各基板もSUS基板と同様の特徴を持つ。(出所:共同リリースPDF)
その一方で、指紋成分には脂質などの有機物だけでなく、耐熱性に優れた無機塩類なども含まれている。特に、皮膚の表面にある汗腺は、塩化ナトリウム(NaCl)を主成分とする汗を分泌するため、指紋の成分としてNaClが残留することがわかっている。
SPring-8に設置されたPEEMは、波長0.1~10nmの軟X線を真空中で試料に照射し、光電効果により試料表面から放出される光電子を検出する技術だ。100nm以下という高い空間分解能で元素分布や化学状態を可視化でき、従来は触媒や半導体デバイスの構造解析や機能評価などにに用いられてきた。科学捜査への応用例はこれまで報告されていなかったとする。
そこで研究チームは今回、加熱による影響を受けにくい無機物であるNaClに着目。PEEMを用いることで、高熱を受けた変性指紋試料からナトリウムを検出し、指紋隆線上の汗口(汗腺の出口)の跡を解明できる可能性を検証したという。
今回の実験では、まず健康成人のボランティア数人から汗腺および油脂腺由来成分を含む指紋を、シリコン、ステンレススチール(SUS)、アルミニウム、ガラスの各基板に加熱用と非加熱用に2種類が採取された。加熱用の指紋試料を400度で1時間加熱し、意図的に変性させた加熱処理指紋試料が作製された。
続いて、真空環境下で水銀ランプの紫外光または放射光軟X線を指紋試料に照射し、PEEM測定が実施された。比較対照として、従来の光学顕微鏡やエネルギー分散型元素分析器付走査型電子顕微鏡観察(SEM-EDX)による観察も併せて行われた。そして実験の結果、SUS、アルミニウム、ガラスの各基板では、加熱後には光学顕微鏡とSEM-EDXで指紋隆線を観察することは不可能だったという。一方、シリコン基板のみは、光学顕微鏡やSEM-EDXでも指紋隆線を確認することができたとする。
次に、両方の試料をPEEMで観察したところ、すべての基板において「Na K吸収端」エネルギー付近で、X線照射により光電子強度が顕著に増大する直径10μm程度の粒子状の塊が連なって観察され、水銀ランプ紫外光照射光電子像と反転していることが確認された。なお、このNa K吸収端とは、ナトリウム元素を含む試料にエネルギーを徐々に上げながら軟X線を照射すると、同元素のK殻の内殻電子を励起するエネルギーにより吸収が急激に上昇するスペクトルが得られ、この急峻に上昇する崖の縁のことを指す。
PEEM装置の最大観察視野径は約1.2mmと限定的であるため、観察範囲をずらしながら測定した画像を合成。その広域観察像から、ナトリウムの粒子塊が指紋の隆線に沿って整然と並んでいることが確認されたとする。
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加熱処理指紋のPEEM像(SUS基板)。(A)紫外光照射光電子像。(B)Na K吸収端エネルギーX線照射光電子像では、粒子状の塊が連なっている。(C)測定画像を重ね合わせた広域観察像により、ナトリウムの粒子状の塊が指紋隆線を形成していることが見て取れる。(出所:共同リリースPDF)
直径10μm程度の粒子状塊をさらに拡大したところ、1μm程度の微小粒子が集合していることが判明。その内殻吸収スペクトルの測定から、この微小粒子がNaCl結晶であることが裏付けられ、加熱後も無機成分が指紋の経常を維持していることが証明された。
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SUS基板における加熱処理指紋のPEEM観察。(A)Na K吸収端エネルギーX線照射光電子像。直径10μm程度の粒子状の塊を拡大すると、1μm程度の微小粒子の集合体だった。(B)微小粒子の内殻吸収スペクトルがNaCl結晶のナトリウムの内殻吸収スペクトルと一致したことから、この微小粒子がNaCl結晶であることが判明した。(出所:共同リリースPDF)
現在、欧米の鑑識現場の一部では、薬莢からの指紋採取が試みられているが、高温による有機物の分解や揮発により成功例は極めて少ないという。今回の手法を応用すれば、火災現場の遺留品や発射後の薬莢からも鮮明な指紋を検出できる可能性があり、被疑者や被害者の個人特定率が大きく向上することが期待されるとしている。
