2026年1月24日と25日の両日、日本武道館にて「アイドルマスター」シリーズのアーティスト、如月千早(きさらぎ ちはや)による単独公演「OathONE」が開催された。
この公演には、ソニーグループの最先端デジタルテクノロジーが集結し、かつてない映像体験が生み出された。その中心的な役割を担ったのが、同社が開発を進めるエンターテインメント向け群ロボットシステム「groovots」(グルーボッツ)だ。
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右端が、ソニーグループのエンターテインメント向け群ロボットシステム「groovots」を構成する小型機のひとつ。(右2番目から左へ順に)取材に応じた、ソニーグループ 事業開発プラットフォーム 技術開発部門 ソフトウェア開発1部 2課の赤沼領大氏、事業開発プラットフォーム 新規事業探索部門 コーポレートプロジェクト推進部 プロジェクト推進課 ビジネスプロデューサーの小番芳範氏、ソニーPCL クリエイティブ部門 UXクリエイション部 UX企画デザイン課 統括課長の上月貴博氏
今回は大型・小型計13台のグルーボッツがステージ上を自律移動し、如月千早によるパフォーマンスと、ステージの映像や照明と完璧にシンクロする圧巻のパフォーマンスを披露した。
なぜソニーは自律的に動く舞台装置としてグルーボッツを開発したのか。そして、失敗が許されないライブエンターテインメントの現場で、グルーボッツはどのように制御・運用されたのか。
ソニーグループでグルーボッツ関連のソフトウェア開発に携わるキーパーソンの赤沼領大氏と、ビジネスプロデューサーの小番芳範氏、そして公演のテクニカルディレクションと演出を担当した、ソニーPCLの上月貴博氏にインタビューした。
舞台装置に「動き」を与えるgroovots
グルーボッツとは、ソニーが開発を進める群ロボット制御システムとそのハードウェアの総称だ。ひと言で表現するなら「舞台装置に動きを与えるテクノロジー」だと、赤沼氏は語る。
ライブステージの演出において、LEDパネルは背景映像を映し出すための装置として固定されているか、あるいは動きを付ける場合もスタッフが手動で動かす運用方法が一般的だ。しかし、グルーボッツは自律移動する「台車=ベース」の上にLEDパネルや、さまざまなステージの演出に用いる照明機材、スピーカーなどを載せ、ステージ上を動き回れる。
赤沼氏はグルーボッツのコア技術として、数cm単位での精密な位置制御を実現する「センシング」、見た目に“ロボットっぽさ”を感じさせないほど滑らかな加減速を行う「モーション」、そして音響や照明と完全に同期する「通信」(タイムコード同期)の3点を挙げる。これらの組み合わせが、エンターテインメントのステージに新たな表現手法をもたらすのだ。
グルーボッツのプロジェクトを推進しているのは、ソニーグループの中でエンターテインメントロボットの「aibo」(アイボ)や、クリエイター向けのドローンの「Airpeak S1」(エアピーク エスワン)、あるいはコミュニケーションロボットの「poiq」(ポイック)を手掛けてきた技術開発チームの系譜にあるエンジニアたちだ。
組織としてはR&Dを行う技術開発部門からスタートし、現在は「事業化を見据えた開発プラットフォーム」という位置付けにある。ソニーグループの新規事業のビジネスプロデューサーとして、グルーボッツのプロジェクトについても側面支援(PMO)に携わる小番氏は、自身を「R&Dの技術を事業として成立させるためのインキュベーション的な役割」と説明する。小番氏のチームも積極的に関わりを持ち、いまグルーボッツはソニーによる新世代のビジネスソリューションとしてスタートを切ろうとしている。
映像でステージを彩る2種類のロボット
グルーボッツの開発が始まったのは2024年頃だという。きっかけはソニーグループのロボティクスチーム内で、「次のステップ」を模索したことだったと赤沼氏が振り返る。
「aiboやAirpeak S1など、単体で動くロボットをつくる知見はソニーの中にありました。その先にある技術として、複数のロボットが連携して動く『協調動作』を実現するプラットフォームに挑戦しようと考えたことが始まりです」(赤沼氏)
当初は社内にある施設の中に小型の台車型ロボットを並べて、マスゲームのような協調動作を実験していたという。そこから「この技術をライブステージの演出に使えないか」という発想が生まれ、ロボットの上にディスプレイを載せるというアイデアに発展した。「ディスプレイが自律的に動く」という発想が各方面から好評を得たことから、エンターテインメント向けの開発が加速した。
今回の如月千早による武道館公演で使用されたのは、開発コード「5」(ファイブ)と呼ばれる小型機(幅0.3m×高さ1.3m)が12台と、約2メートル四方の大型LEDモニターを搭載する「6」(シックス)という、2種類のグルーボッツだ。ファイブやシックスという呼称はいわゆる“開発コード”にあたるもので、本公演では大型・小型のグルーボッツとして紹介されていた。
それぞれの筐体は2025年12月にソニーが開催した技術交換会「Sony Technology Exchange Fair(STEF)2025」にも、先駆けて展示されている。
【動画】大小のグルーボッツともに滑らかな動きを実現している。モーター音も驚くほどに静か。筆者の話し声にかき消されているわけではない
「アイドルマスター」の如月千早と武道館で共演
当初、エンジニアとしてタワー型ロボットは、走行時にも重心が不安定になることから開発は困難と考えていたが、「背が低い小さなロボットは、大規模なライブ会場では遠くにいる観客から見えない」という判断から、大型化しつつバランスを安定させることに挑戦した。結果として「とてもよいロボットになった」と赤沼氏は胸を張る。
このグルーボッツを、さまざまなデジタルテクノロジーを駆使した如月千早のXRステージで活躍させるため、ソニーPCLでUXのデザインや演出のディレクションを担当する上月氏のチームが演出を手がけてきた。上月氏はクライアントや演出チームの意図を理解し、それをどう実現できるかをソニーの開発チームと考える、表現と技術の橋渡しを担うキーパーソンだ。今回は演出チームがグルーボッツを取り入れやすくするため、制作フローの構築や情報提供なども行なった。
本公演の大きな特徴は、日本武道館の中央にセンターステージを設け、演者である如月千早のパフォーマンスを観客が全周360度から見られる舞台形式を採用したことだ。
従来のように、コンサートホールの正面側に巨大モニターを置くという形式とは大きく異なっている。「すべての観客の方々が、どこから見ても楽しめる演出が必要でした。そこで空間を立体的に使えるグルーボッツのパフォーマンスがフィットすると考えました」(上月氏)
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センターステージで歌う如月千早を囲むように、小型のグルーボッツが軽快なパフォーマンスを見せた。なお、如月千早を映し出しているLEDモニターはグルーボッツではない (C)窪岡俊之 THE IDOLM@STER & (C)Bandai Namco Entertainment Inc.
バンダイナムコエンターテインメントのコンテンツである『アイドルマスター』シリーズの初期作品には、13人のアイドルが登場する。上月氏は、バンダイナムコエンターテインメント側の要望を踏まえつつ、「如月千早の単独ライブではあるが、残る12人のメンバーが彼女を支えている存在として捉えることで、自由に動き回れる小型のグルーボッツの特性を最大限に活かせるのではないか」と考えたという。
こうした経緯から、今回のステージには大型・小型を合わせて、計13台のグルーボッツが登場する構成になった。
ロボットらしさを感じさせないステージさばき
筆者も1月25日に行われた公演を鑑賞できる機会を得た。実際の舞台では、センターステージで歌い踊る如月千早を囲むように、12台の小型グルーボッツが軽やかに動き回り、見事に美しい映像と連携するパフォーマンスを見せてくれた。
25日の公演では、小型のグルーボッツが『細氷』、『my song』、『Light Year Song』、『My Starry Song』、『ToP!!!!!!!!!!!!!』、『約束』の全6曲のステージで、如月千早と共演した。
大型のグルーボッツは、如月千早がセンターステージから舞台袖まで続くランウェイを歩くときに2度登場した。1度目はコンサートの中盤で衣装を替えるとき、2度目は熱唱を終えてステージを後にするときだった。
大型のグルーボッツは、特にその動きの「滑らかさ」が印象的だった。観客との別れを惜しみつつ、手を振りながらゆっくりとランウェイを練り歩く如月千早の所作を、グルーボッツがとても自然に表現していた。
「タイヤで動くロボットは数多ありますが、舞台上の動きには『品位』が求められます。我々はaiboやAirpeak S1でモーターに関する知見を豊富に得てきたことから、一定の加速度でゆっくりと精密に加速・減速させる制御技術を持っています」(赤沼氏)
大電力のブラシレスモーターを精緻に回すための技術とノウハウは、一朝一夕で獲得できるものではない。赤沼氏が語る通り、グルーボッツの挙動は機械的というよりは生物的であり、如月千早の実存感を高めていた。
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如月千早がセンターステージから舞台袖まで、ランウェイを歩く演出に大型のグルーボッツが使われた。ゆっくりと、しっかりとした足取りが印象的だった (C)窪岡俊之 THE IDOLM@STER & (C)Bandai Namco Entertainment Inc.
groovotsに活きる「ソニーの技術」
GPSが届かない屋内で、しかも強い照明の光や音響が飛び交う過酷な環境の中で、なぜこれほど正確にグルーボッツが動けるのだろうか。赤沼氏に、制御の仕組みを詳しく聞いた。
グルーボッツには高度な「自己位置推定」の技術が搭載されている。本体の底面には下向きにカメラが搭載されており、このカメラが目立たないよう床面に貼られた特殊なマーカー(タグ)を読み取ることで自己位置を判定・補正している。
「GPSの精度は数メートルですが、群ロボットが密集して動くためにはセンチメートル単位の位置合わせが必要です。グルーボッツはタイヤの回転数による大まかなオドメトリに加え、筐体に配置したカメラで床のマーカーを検出することで、1cm以下の精度での位置合わせを実現しています」(赤沼氏)
グルーボッツにはソニーセミコンダクタ製のイメージセンサー「IMX471」や、LiDARといったセンサーが搭載されている。マーカーの読み取りに加えて、周囲の障害物検知や微細な位置調整も同時に行っている。
Wi-Fi経由でつながる群ロボットシステムの制御は、“スポッター”と名付けたソフトウェアを導入したPCで行う。グルーボッツは各員がそれぞれの役割を分担することができ、もし万一の不具合が発生したときには、予備機も含めてすばやく入れ替えられる。この冗長性の高さも、失敗が許されないライブステージにフィットした設計思想だといえる。
音楽に映像、照明など他の舞台演出との同期には、エンターテインメント業界の標準的な通信規格である「タイムコード」が用いられている。音楽や映像の進行に合わせ、1フレーム単位でロボットの位置やLEDの点灯タイミングが完全に制御できることから、音と光と動きが一体となった演出が可能になると、上月氏は説明する。
位置のズレは客席から見ても比較的わかりにくいものだが、時間=タイミングがずれていると目立ってしまう。たとえば映像が全体にホワイトアウトする場面で、1台だけ表示が遅れるとわかってしまう。1フレーム単位での合わせ込みが大事になってくるポイントだ。グルーボッツの群制御システムをタイムコードによる制御と合わせ込む、細やかなチューニングにも赤沼氏のチームが時間をかけてきた。
ロボットが生み出す新しいエンターテインメントの可能性が見えた
今回の如月千早の公演は、一般の観客を招いたステージに大型のグルーボッツが登場する初めての機会となった。大きな舞台でのパフォーマンスを成功させたことによって、グルーボッツの可能性にも新たな広がりが見えてくる。
公演の前、2025年12月にソニーグループが開催した技術交換会に招かれた多くのクリエイターから、グルーボッツの開発チームに対して「おおいに刺激を受けた」、「グルーボッツで何か新しい表現ができそうだ」という、共創に向けたポジティブな反響が多く得られたと、小番氏も振り返っている。
繰り返しになるが、グルーボッツの本体は、自律移動する「台車=ベース」だ。台車の上に、照明やカメラ、音響機器などを載せて自律移動ができるロボットを自在に制御できたら、さまざまな演出に使えるのではないかと、ソニーPCLの上月氏も期待を込めて語る。
あるいは室内のライブステージに限らず、屋内外のテーマパークや商業施設などより広い空間でのイベントやパレードなどの舞台での活用も視野に入ってくる。赤沼氏は「クリエイターの声に耳を傾けながら、今後もさまざまな用途に対応できるようにグルーボッツを進化させていきたい」と意気込みを語る。ソニーの技術と、デジタルエンターテインメントに関わるノウハウを注入したグルーボッツが、エンターテインメント向け群ロボットシステムの新しい地平を切り拓こうとしている。












