静岡県磐田市の磐田市豊岡東交流センターで1月、ヤマハ発動機の森林計測サービス「RINTO(リント)」を活用した住民向け森林整備ワークショップが開催された。
日ごろから災害や環境面での課題が指摘されてきた雨垂(うたり)地域の森の整備を目的としており、高精度な森林データをもとに行政や専門家、住民が森の現状を共有。雨垂の森林の理想的なあり方を議論しながら模索した。
ヤマハ発動機がRINTOで「森」を測る理由
RINTOとは、ヤマハ発動機が展開する森林の計測と管理に貢献するためのサービスだ。同社が35年以上にわたって提供してきた農業用の無人ヘリコプターの技術を転用し、森林情報のデジタル化を図っている。
仕組みとしては、無人ヘリコプターに「LiDAR」と呼ばれるレーザーセンサーを搭載し、森林上空からレーザーを照射してデータを取得。無人ヘリコプターは100分程度の長時間飛行が可能で、かつ低高度・低速での飛行ができるため、通常の航空機計測が1m2あたり数十点程度の点群データしか取得できないのに対し、1m2あたり平均3000点という極めて高密度のデータを取得できる。この高密度なデータによって、木の本数や木の幹の形状、太さ、位置、地表面の地形情報などを詳細に把握することが可能となるという。
なぜ、バイク事業で知られるヤマハ発動機がこの事業に取り組むのか? その背景には、日本の森林が抱える構造的な課題がある。日本の国土の約7割は森林で、そのうちの約4割をスギやヒノキの人工林が占める。現在、これらの人工林の約6割が収穫期を迎えているが、木材価格の下落や林業従事者の不足、所有者の高齢化などにより、適切な整備がなされていない現状がある。
森林整備を阻むボトルネックのひとつが「情報の不足」。日本の森林は所有者が細かく分かれており、相続の問題などで境界が不明瞭な場所が多い。どこにどれだけの資源があるのか、どこが境界なのかという正確な情報がないため、整備の計画を立てること自体が困難なのだ。
同社は自社の長期ビジョンにおいて「社会課題の解決」を掲げており、その一環としてこの問題に着目。高精度な森林情報をデジタル化して提供することは、長年、経験や勘に頼ってきた林業のプロセスをデジタルへと変換し、課題となっている森林管理を前進させるための基盤作りとなる。そうしたデータの提供を通じ、持続可能な森林管理に寄与することを目指しているとする。
行政、住民、専門家が一体となって森林の未来を考える
今回のワークショップの舞台となった磐田市北部、豊岡地区の雨垂の森周辺では、過去数回にわたって台風や大雨による水害が発生。住民からは森林の未整備が災害の原因のひとつになっているのではないかという懸念の声が上がっていた。2024年には地域から森林整備の要望書が提出されたが、私有林に行政が直接手を加えることには法的な制約も多く、そこでこのような住民参加型ワークショップが開かれる運びとなった。
磐田市に本社を置くヤマハ発動機は、もともと同市と包括連携協定を締結しており、同地域でRINTOによる計測データがすでに存在していたことから、同社が有識者として参画する形でこのプロジェクトが進められている。
全6回のワークショップのうち、第5回となった今回は、これまでの議論や現地踏査を踏まえ、“理想とする森林像の実現に向けた具体的な提案書”を作成することが目的とされた。
この日はまず、参加者の一人が実際に対象エリアを歩いた際の様子を報告。ワークショップをきっかけに雨垂の森の魅力を再認識したそうで、「雨垂川の右股コースは道がところどころ寸断されていたが、西尾根コースは予想外に良くてびっくりしました。雰囲気もよく、整備すれば非常に良いアドベンチャー体験ができるコースになるのではないか」と感想を口にした。
専門家として参加した農林環境専門職大学校の鵜飼一博准教授は、野生動物の生息状況や土砂流出防止策についての講義を実施。現地に設置した監視カメラの映像には、住宅地のすぐ近くで活動するシカやイノシシの群れが映し出されており、放置された森林が野生動物の生息域となっている現実が共有された。
鵜飼氏は「シカが2m以下の葉をすべて食べてしまう『ディアライン』がこの森でも顕著。対策をしなければ森は再生しない」と指摘。砂防施設や予算感についても具体的なアドバイスがなされ、「行政に要望を出すには、個人の声ではなく、地域の『総意』として文書にすることが不可欠。ペンの力は偉大です」とワークショップの意義についても訴えた。
グループワークでは、RINTOの計測結果から作成された地形図や、生成AIを用いて現状の写真を「理想的な森林」へと加工したイメージ図を参考に、具体的な整備提案の議論が交わされた。住民からは「行政には道の整備をしていただきたい」「子どもも安心して通れるようなウォーキング、トレッキングコースを設置したい」「車が入れる管理道が必要だ」といった意見や提案が出された。
テクノロジー導入の課題と未来
同社が森林事業を開始してから約6年が経過するが、林業現場でのデジタル活用にはまだ課題も多い。従来の慣習や制度設計がアナログな手法に依存しているため、デジタルデータを取り入れた新しい仕組みへの移行には時間を要するのが実情である。
しかし、今回の磐田市のような住民参加型の取り組みは、デジタルデータが行政や事業者だけでなく、地域住民の合意形成にも役立つことを示している。ヤマハ発動機は、こうした事例を積み重ねることで、森林情報の活用におけるベストプラクティスを確立したい考えだ。








