米ラスベガスで開催された展示会「CES 2026」において、半導体大手のクアルコムは、同社が推進するIoT/ロボティクス向け新ブランド「Qualcomm Dragonwing」(ドラゴンウィング)シリーズを全面的に打ち出す大規模な展示を行った。
同社は、これまでモバイル向けの「Snapdragon」シリーズで培ってきたAI(人工知能)のパフォーマンスを向上、あるいはパワーマネージメントに関連する先進技術を、産業用ロボットやスマートホームといった分野にも本格的に展開しようとしている。デジタルの世界と物理世界を融合させる「フィジカルAI」の市場においても、リーダーシップを確立しようとするクアルコムの勢いが、ブースの各所から感じられた。ここではプロダクト責任者へのインタビューを通じて、クアルコムが描くロボット・IoT関連のビジネスの展望をお伝えする。
産業基盤を担うAI対応チップセット「Dragonwing」に脚光
クアルコムは2025年3月にIoT向けブランド「Qualcomm Dragonwing」(以下:Dragonwing)を立ち上げ、モバイル通信とコンピューティングで得た技術資産をさらに拡大した。今回のCESではDragonwingの最新チップセットを含む豊富なラインナップと広範なソリューションを一堂に集めた。
その中核に位置付けられるのが、産業グレードの高い性能を実現したシステムチップ「IQシリーズ(Industrial Qualcomm Series)」だ。CESへの出展に合わせて、同社はシリーズのフラグシップに位置付けられる「IQ10」も発表している。
IQ10は、クアルコムが独自に設計する「Oryon CPU」18コアに加え、Adreno GPU、およびAI処理を担うNPUを効率的に組み合わせるヘテロジニアス・コンピューティングを採用。NPUは単体で最大700 TOPSの処理性能を備えている。これは、同社のPC向けハイエンドチップをも軽く超えるパフォーマンスであり、複雑なヒューマノイド(人型)ロボットの制御や、高度な視覚・言語・行動モデルのリアルタイム処理を可能にする。
IQシリーズの最大の特徴は処理能力の高さだけではなく、同時に電力効率も優れている点にある。クアルコムの独自DSP「Hexagon」をNPUとして活用するアプローチは、競合他社が採用するGPUベースの処理に比べ消費電力を大幅に低く抑えられるメリットを持つ。エネルギー効率を高めることでロボットの運用時間を延ばしつつ、空冷ファンなどの物理的な冷却システムを最小限に抑えながら過酷な産業環境下での安定稼働を実現する。
クアルコム責任者が語る「エッジAI」によるパラダイムシフト
米クアルコム・テクノロジーズでIoT・ロボット関連のビジネス領域を担当する、プロダクトマーケティング部門バイスプレジデントのイグナシオ・コントレラス氏に、Dragonwingシリーズの特徴と、ロボティクス領域の進化にもたらす可能性について、CES会場で話を聞いた。
コントレラス氏はロボティクスにおける演算処理の重要性を強調した。「ロボットが消費するエネルギーの多くは本体を動かすことに使われるが、コンピューティングにかかる電力も無視できない。演算に使う電力を低く抑えられれば、ロボットの稼働範囲・時間を直接的に拡張でき、生産性の向上にも結びつくからだ」と、その理由を語る。
同社がエッジAIにこだわる理由は、ロボットが搭載するセンサーから得られるデータを解析して、次の動作につなげるまでの速度におけるレイテンシを減らし、安定性と信頼性を高めることを優先しているためだ。クラウドを介さずにデバイス側で判定を行うことは、リアルタイム性が求められる産業用ロボットや自動運転、その他複雑な製造プロセスでは欠かせない。クアルコムがエッジコンピューティングにおいて差別化できる点もここに関係している。
チップだけでなくプラットフォームも提供できる強み
コントレラス氏は、クアルコムの差別化要因はチップセット単体ではなく、総合的なソリューションを持ちながら、エコシステムが形成できているところにもある、と説明する。
同社は開発環境のハードルを下げるため、オープンソースの電子工作プラットフォームを提供するArduino(アルディーノ)や、エッジデバイスで機械学習を実現するためのプラットフォームの領域に強みを持つEdge Impulse(エッジ インパルス)といった企業を傘下に収めている。ロボットやIoTデバイスをプロトタイピングした後、大規模な商用展開を実現するところまでを、クアルコムのエコシステムが一貫してサポートする。
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電子工作やプログラミング学習の定番として世界的に使われているArduino Unoのマイコンボード。プリロードされている開発環境のArduino App LabとQualcomm Dragonwingのチップセットを組み合わせて、購入後即座に試作をスタートできる開発キットも提供されている
また、ロボットやIoTの領域で互換性の高いLinuxファーストの思想を持ちつつ、AndroidやWindowsをサポートする統一されたソフトウェアアーキテクチャにより、開発者が既に持つ資産を効率的に活用できる環境もある。
クアルコムは、上位の「IQ9」を2025年に発表したばかりだが、2026年は立て続けに最上位の「IQ10」をローンチし、ヒューマノイドロボットのようにチップセットに対しても、高度なパフォーマンスを要求するアプリケーションに万全の構えがあることを見せつけた。それだけでなく、クライアントの様々なニーズに応えられるよう、より低価格な「IQ8」、そしてQシリーズに続くラインナップもそろえている。
今後急速に拡大することが予想されるロボット関連のニーズに対しても、たとえばホーム用のロボット掃除機から、倉庫や生産施設で稼働する産業用の自律走行ロボット、そして工場で活躍するヒューマノイドまで、あらゆるレベルの要求に応える技術スタックを提供できると、コントレラス氏は胸を張る。
ちなみに、今回のCES 2026でサムスン電子が発表した「Bespoke AI Jet Bot Steam Ultra」は、Dragonwingのチップセットを搭載した最新のロボット掃除機だ。
CESブースで体験した「Dragonwingが実現する未来」
今回クアルコムブースでは、Dragonwingのチップセットを搭載したリファレンスモデルによる、複数ケースのデモンストレーションが公開された。その中から、筆者はヒューマノイドロボット、スマートテレビ、スマートホームハブの実例に注目した。
ロボティクスのデモでは、IQ10シリーズのチップセットを搭載するヒューマノイドロボットが、人間の指示に基づいて色や形状が異なるフルーツを手で拾い、同じ色の皿を見分けながら素早い動きで配膳する様子が公開された。
従来のように特定のオブジェクトを個別に学習させるのではなく、視覚と言語を統合したVLA(Vision Language Action)モデルを用いることで、「赤い果物を赤い皿へ」といった自然言語のプロンプト入力に従って行動を生成する。
IQ10は最大20台のカメラやセンサーからのデータ入力を同時に受け付け、知覚とアクチュエーションのためのセンサーフュージョンを同時に処理できる。同社スタッフの説明によると、今回試作されたロボットは指先の微細な動きや周囲の状況変化をミリ秒単位で認識しながら、適切な動作を実現しているという。
筆者が会場で撮影したデモンストレーションの動画をご覧いただきたい。その素早く正確な動作は、実用に耐えうるレベルに到達していたと思う。
【動画】Dragonwingのフラグシップ「IQ10」シリーズを載せたヒューマノイドロボットの試作機によるデモンストレーション。フルーツに見立てたオブジェクトの色を判定して、同じ色の皿に素早く取りわけていく
次世代スマートテレビのデモでは、AIによる視聴体験の刷新をアピール。テレビの内蔵カメラとマイクによる顔認識・音声認識を活用し、子どもがテレビの前に座れば自動的に「子ども向けモード」に切り替わるパーソナライズ機能などを提案していた。
もうひとつのユースケースは、生成AI「Stable Diffusion」を用いた「仮装試着」(バーチャル・フィッティング)機能だ。映画やドラマの視聴中、登場人物が着ている服を一時停止して撮影すると、AIがその衣服をユーザーの姿に合成して表示する。これにより、コンテンツにひも付くアイテムへの購買意欲を高めて、視聴者にとっても満足度の高い体験が提供できるのではないか、と同社のスタッフは語る。
自律型エージェントがAI体験を変える
スマートホームハブのデモでは、Dragonwingシリーズのチップセット「Q8750」を搭載したハブが、家族のコンテキストを理解する様子が描かれていた。
デバイスは生活空間の音を感知するアンビエントAIデバイスとして機能する。たとえば、リビングで窓ガラスが割れる音を検知すると、自動的にロボットを現場へ急行させて状況を確認する、といったセキュリティ連携が可能だ。
また、エッジ上の大規模言語モデルを活用した旅行プランの作成機能も試作していた。家族旅行の計画を初めてつくる子どもが、AIと相談しながら立てたプランを自動的に親のデバイスに共有し、家族会議の“たたき台”にする。このようなホームデバイスのエージェンティックAI的な使い方が具体的に示された。
コントレラス氏は今後のIoTビジネスの展望について、ふたつの重要なキーワードを挙げた。そのひとつが「エージェンティックAI」であり、もうひとつが「相互運用性」だ。
エージェンティックAIとは、従来の受動的なAIを超え、デバイスが自律的なエージェントとして振る舞うことを指す。たとえば、先に挙げたスマートホームハブであったり、スマート機能を搭載する冷蔵庫が食材の状況をカメラで検知し、ユーザーに足りない食材の補充を促すといった、“先読みができること”が新たな体験価値を生むのだと、コントレラス氏は説く。
このエージェンティックAIは単一のデバイスにとどまらず、スマートフォンから家電まであらゆるデバイスを横断して存在することになる。ユーザーが日々触れる複数のデバイス間をまたぎながら、AIはユーザーのコンテキスト(生活の文脈・パターン)を理解し、経験を積み重ねていく。そしてユーザーが最も必要とするタイミングで適切な支援を提供する。
家の中だけでなく、エージェンティックAIを搭載するオートモーティブもエコシステムの輪の中に組み込むことで、外出先も含めた個人の生活全体をシームレスにサポートすることを、クアルコムのエッジAI戦略は理想形として追求している。
クアルコムがCES 2026で見せた展示は、同社がもはや通信チップのメーカーではなく、物理世界を制御するインテリジェントなAI基盤も提供できる総合的なプラットフォーマーに変貌を遂げたことを強く印象づけた。今後、Dragonwingシリーズの上に築かれる同社のIoTビジネスは、産業から家庭まで、我々の生活のあり方を根本から変えることになるかもしれない。











