東京理科大学(理科大)は1月9日、電子とその反粒子である陽電子が「クーロン力」で引き合ってできた水素原子様の中性粒子「ポジトロニウム」のビームをグラフェン薄膜に入射させることで、同粒子の回折現象を初めて観測することに成功したと発表した。

同成果は、理科大 理学部第二部 物理学科の長嶋泰之教授、同・永田祐吾准教授、理科大大学院 理学研究科 物理学専攻の三上力久大学院生(現・高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 博士研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

「ポジトロニウム量子干渉実験」の第一歩へ

陽電子は正の電荷を持つため、電子と束縛しあって電気的に中性なポジトロニウムを構成する。同粒子は水素原子に類似するが、質量はその1/1000程度と極めて軽い。粒子内の電子と陽電子は、125ピコ秒または142ナノ秒といった極短時間で対消滅してガンマ線へと変化する。この現象は、「ポジトロニウムの自己消滅」と呼ばれる。

ポジトロニウムは、量子力学的には通常の水素原子と同様に波動関数で表すことが可能で、干渉も起こすと推測されている。しかし、これまで同粒子をビーム化し、干渉効果を観測する研究は行われてこなかった。そこで研究チームは今回、自らが開発した高品質の同粒子のビームをグラフェン薄膜に入射させ、同粒子が電子同様に結晶特有の回折を示すのかを確かめることを目指したという。

結晶構造を調べる代表的な手法にX線結晶構造解析がある。結晶に入射したX線が原子で散乱され、特定の角度で強め合う干渉を起こすことで回折波として現れるため、これを解析すれば原子の配列が判明する仕組みだ。これは、電子でも同様に起きることが知られている。

しかし、ポジトロニウムは電気的に中性であるため、生成後は電場による加速が不可能な点が課題となる。そこで研究チームでは、ポジトロニウムにもう1つ電子を束縛させた「ポジトロニウム負イオン」を利用して加速する手法を開発。これは、加速後にレーザー光で電子を脱離させることで、必要なエネルギーを持つポジトロニウムビームが生成される仕組みである。

今回の研究では、2.3keVまたは3.3keVのエネルギーを持つポジトロニウムビームが生成された。これを炭素原子数層分の厚さしかない2次元物質グラフェン(今回は2原子層の薄膜)に入射させ、反対側に透過したポジトロニウムの観測が行われた。

  • ポジトロニウムの回折観測実験装置

    ポジトロニウムの回折観測実験装置。装置全体は真空(10-13気圧)中に置かれている。左から入射した低速陽電子ビーム(赤の矢印)からポジトロニウム負イオンを生成・加速し、それからレーザー照射により電子1個を取り除くことでポジトロニウムビームにする。これをグラフェン薄膜に入射して、ポジトロニウムの像がマイクロチャンネルプレートで観測された。(出所:理科大Webサイト)

グラフェン薄膜に電子ビームを入射させると下流に回折像が得られるが、研究チームが開発したポジトロニウムビーム生成法は、強度が低くなってしまう点が課題だという。そのため、測定には延べ2年もの時間を要したが、最終的にポジトロニウムがグラフェン薄膜で回折を示す証拠が発見されたとした。

グラフェンを透過した像をビーム軸周囲で平均化し、軸からの距離に対してプロットした結果、3.3keVのポジトロニウムビームでは8.1mmの位置にピークが確認された。この位置は、ポジトロニウムがグラフェンの原子位置で回折したと仮定して算出した理論値と一致するとしている。

一方、2.3keVのポジトロニウムビームでは、10.0mmの位置にピークが確認された。これも、同粒子がグラフェン原子で回折していると仮定して計算された位置と一致することが確認された。こうして、ポジトロニウムがグラフェンの原子で回折を起こし、干渉によって得られるピークが初めて観測されたのである。

  • 観測された像をビーム軸周りに平均化し、ビーム軸からの距離に対してプロットしたグラフ

    観測された像をビーム軸周りに平均化し、ビーム軸からの距離に対してプロットしたグラフ。(a)ポジトロニウムのエネルギーが3.3keVの場合。8.1mmにポジトロニウムの回折を示す小さなピークが見られる。(b)ポジトロニウムのエネルギーが2.3keVの場合。10.0mmの位置に同様に回折ピークが見られる。(出所:理科大Webサイト)

今回の研究により、ポジトロニウムがグラフェンの炭素原子による量子干渉が観測されたことで、新たな研究に道が拓かれたとする。その鍵となった成果としてはまず、ポジトロニウムがX線や電子と同様に結晶の構造解析に利用可能であることが示された点が挙げられるとのこと。ポジトロニウムを極低角度で試料表面に入射させれば、内部に侵入せずに全反射するため、最表面層の結晶構造に関する回折信号を得られるとした。

次に、ポジトロニウムの波動関数の干渉が示されたことで、同粒子の新たな基礎研究への希望が見えてきたという。その1つが、未踏の領域であるポジトロニウムに対する重力測定だ。これまで電子や陽電子では重力場を受けるのか否かを確認する実験は行われてこなかった。実験環境下で受ける電気的な力が重力よりも桁違いに強く、重力効果をかき消してしまうためだ。それに対し、今回の成果を利用してポジトロニウム干渉計を開発することで、同粒子が地球の重力場でどのように運動するのかを観測するアイデアが現実味を帯びてきたとしている。