東京科学大学(科学大)は12月23日、従来未利用だった600nm以上の長波長の可視光にも対応する新たな「色素増感型光触媒」を開発し、太陽光エネルギーから水素を生成する際の太陽光エネルギー変換効率を従来の約2倍の0.21%に高めることに成功したと発表した。
同成果は、科学大 理学院 化学系の山本悠可大学院生、同・前田和彦教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する触媒を扱う学術誌「ACS Catalysis」に掲載された。
長波長の可視光利用で水素製造技術実現に光
クリーンな次世代燃料として期待される水素だが、地球上では他元素と結合した状態で存在するため、単体として容易には取り出せない。水から抽出するには電気分解などのエネルギー投入が必要であり、より安価に水素を製造すべく、太陽光を利用して水を分解できる光触媒の開発が進められている。
太陽光エネルギーを効率よく利用するには、太陽光の大部分を占める可視光(波長約360~830nm)の活用が不可欠だ。その有効手段の1つが、色素増感型光触媒である。本来、光触媒はエネルギーの高い紫外線存在下でしか機能しないが、可視光を吸収する色素を吸着させることで、低エネルギーの可視光下でも触媒能を発現させることが可能になる。可視光は太陽光に豊富に含まれるため、色素増感型光触媒の高機能化が実現すれば、太陽光エネルギーの変換・有効利用が飛躍的に発展すると期待されている。
研究チームはこれまで、可視光を吸収する「ルテニウム錯体」を酸化物ナノシート「HCa2Nb3O10」に吸着させた色素増感型光触媒を開発し、水素生成反応を実現させていた。錯体とは、金属と非金属が配位結合した分子のことで、可視光を吸収する性質を持つ化合物が多く、光吸収を担う色素として広く利用されている。しかし、典型的なルテニウム錯体は約600nmまでの可視光しか吸収できない点が課題となっていた。そこで研究チームは今回、より長波長の可視光を利用できる色素増感型光触媒の開発を目指したという。
今回の研究では、従来使用できなかった約600~800nmの長波長領域の可視光を利用可能な新しい色素増感型光触媒が開発された。具体的には、従来使用していたルテニウム錯体の中心金属をより重い「オスミウム」に変更した、オスミウム錯体が採用された。これにより「重原子効果」が働き、ルテニウム錯体では見られない電子スピンを反転させて励起する「一重項-三重項励起」を起こすことが可能となった。今回の色素増感型光触媒ではこの機能の活用により、従来のルテニウム錯体系では吸収できなかった長波長の可視光も有効利用できるようになったという。
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ルテニウム錯体(左)、オスミウム錯体(右)を用いた色素増感HCa2Nb3O10光触媒による水素生成反応に対する、みかけの量子収率の波長依存性(左縦軸)。それぞれの錯体におけるモル吸光係数(右縦軸)も比較として示されている(出所:科学大Webサイト)
一重項-三重項励起とは、2つの電子のスピン状態が互いに対向した一重項からスピンが揃った励起三重項へと、電子スピンの向きを変化させながら直接移る励起過程を指す。一般的にこの励起は禁制遷移で起こりにくいが、オスミウム、イリジウム、ヨウ素などの重原子が存在する場合、重原子効果によって促進される。一般に励起三重項は励起一重項よりも小さいエネルギーを持つため、スピンの変化を伴わない「一重項-一重項励起」と比較してより低いエネルギー(つまりは長波長)の光で励起できるのが特徴だ。
この新しいオスミウム錯体は、可視光照射下での水素生成反応において、ルテニウム錯体系を上回る高いみかけの「量子収率」を示し、従来の約2倍となる0.21%の太陽光エネルギー変換効率が達成された。量子収率とは、反応系で吸収された光子数に対して、生成物を与えるのに使用された電子数の割合を指す。なお、反射などの理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合は、入射光子の全吸収を仮定し、「外部量子収率」または「みかけの量子収率」として算出される。
今回の研究により、これまでに有効活用できていなかった太陽光の長波長成分を用いて、太陽光エネルギーをより効率的に水素エネルギーへ変換できることが実証された。今後は、より高度な分子設計を通じて錯体構造の最適化を図ることで、より安価で資源制約の小さい還元剤を用いた太陽光水素製造システムの実現が期待されるという。
金属錯体が光吸収を担う光エネルギー変換システムとしては、産業界で研究開発が活発な色素増感型太陽電池があるほか、基礎研究では二酸化炭素を有用物質に変換する光触媒(人工光合成技術)も存在している。今回の成果は、水から水素を生成する色素増感型光触媒だけでなく、こうした異分野の光エネルギー変換材料の発展にもつながる可能性があるとしている。

