東京大学(東大)と理化学研究所(理研)の両者は12月9日、高品質な窒化チタン薄膜を用いた、損失の少ない「薄膜振動子」の作製に成功し、0と1の重ね合わせを表現可能な振動状態が800万回以上も続くという非常に長い寿命を実現、量子センシングや量子メモリへの応用の可能性を秘めた技術を開発したと共同で発表した。

  • 窒化チタン製の長寿命薄膜振動子デバイス

    窒化チタン製の長寿命薄膜振動子デバイス(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 総合文化研究科の松山勇喜大学院生、同・中村一平特任助教、同・野口篤史准教授(理研 量子コンピュータ研究センター(RSQ ハイブリッド量子回路研究チーム チームリーダー兼任)、RSQの白井菖太郎特別研究員(東大大学院 総合文化研究科 特任研究員兼任)、同・佐々木遼基礎科学特別研究員、同・冨永雄介特別研究員、IBM 東京基礎研究所の徳成正雄 スタッフ・リサーチ・サイエンティスト、情報通信研究機構の菱田有二研究技術員、同・寺井弘高上席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

800万回以上の振動が続く超伝導の“太鼓”

量子力学の原則によれば、原子などのミクロな世界では、物体は完全に静止できず、エネルギーが最低の状態(基底状態)にあっても、常に根源的なエネルギーの変動(ゆらぎ)を持っているとされている。これは「量子ゆらぎ」と呼ばれ、すべての物質に本質的に備わる性質だ。

これまで、無数の原子で構成された巨視的な物体である機械的な振動子で、極めて微細な量子ゆらぎを観測することは困難とされてきた。これは主に、環境温度に由来する熱ノイズ(熱によるランダムな振動)の影響の方が遥かに大きく、量子的な効果を覆い隠してしまうためだ。

しかし近年、微細加工技術によって作製された機械振動子に対し、光やマイクロ波を用いて熱エネルギーを極限まで除去し、その運動を量子基底状態にまで冷却することで、量子ゆらぎを観測できるほどの高精度測定や制御技術が実現している。これは、マクロな機械振動子を、量子力学の法則が支配するミクロな領域に引き入れたことを意味する。

機械振動子は、光や電子のスピンといったほかの量子情報担体と比較して、量子状態の寿命が非常に長いという優れた特徴を持つ。この長い寿命を利用することで、磁場や電流などを高精度に測定する「量子センシング」や、量子コンピュータなどにおいて量子情報を長時間保持できる「量子メモリ」など、量子技術の性能を大きく向上させられる可能性を秘めている。

こうした応用に向けて、薄膜を太鼓のように張った構造の薄膜振動子が注目されている。その理由は、高い応力を持つ薄膜を用いることで、長い間振動が維持される薄膜振動子を作製できるためだ。これまでは高応力な「窒化シリコン」が主に用いられていたが、極低温では窒化シリコンがアモルファス(構成する原子配列が規則的でない非結晶物質)であることに由来した損失が問題視され、損失の少ない結晶性の材料が求められていた。

加えて、窒化シリコンを用いて電気的な測定・制御を行うには、導電性の電極を薄膜の上に追加で用意する必要があり、それが振動子のエネルギーの損失を増やしてしまうという課題も抱えていた。そこで研究チームは今回、シリコン基板上にエピタキシャル成長により製膜させた高品質な結晶性窒化チタン薄膜による薄膜振動子の作製を試みたという。

  • 作製された薄膜振動子サンプル

    作製された薄膜振動子サンプル。(a)サンプルの全体像。12mm四方のシリコンチップの中心にある黄色い部分が薄膜振動子。(b)(a)の裏側の顕微鏡像。薄膜の一辺の長さは420μmで、厚さは100nm(出所:東大Webサイト)

結晶性窒化チタン薄膜は、非常に大きな応力を持つことに加え、低温で超伝導体となることから、超伝導回路を用いた量子マイクロ波技術との相性が良いとされる。さらに高性能化を図るため、窒化チタン薄膜振動子の周囲にシリコンで作られた「フォノニック結晶」が設けられた。フォノニック結晶とは、特定の構造を繰り返し配置することで、弾性波の伝播を制御する構造を指す。今回は、薄膜振動子の振動周波数付近の弾性波の伝播を抑制するように設計し、振動の寿命を長くする効果が与えられた。これにより、薄膜振動子のエネルギーが周囲に緩和することを防ぐことに成功したのである。

作製された薄膜振動子の性能を評価するため、絶対温度約2K(約-271℃)の極低温下で光干渉計を用いた測定が行われた。その結果、振動が800万回以上続くという、非常に長い寿命を持つことが確認された。次に、薄膜の応力と寿命の温度依存性についての測定が行われ、いずれも温度が低くなるほど高くなることが明らかにされた。

  • 測定された薄膜振動子の応力とQ値の温度依存性

    測定された薄膜振動子の応力とQ値の温度依存性。(a)応力の温度依存性。低温では約2.4 GPaまで拡大することが判明した。(b)Q値の温度依存性。Q値は寿命に比例する性能指標で、低温になるほどQ値は向上し、最大で約800万回に達することがわかった。これは、一度振動が起こると、800万回も振動が続くことを意味する(出所:東大Webサイト)

今回の成果は、薄膜振動子の量子技術への応用に向けて、新たな高性能材料の可能性が提案されたものとなる。超伝導量子ビットなど、超伝導薄膜と超伝導接合から構成される電気回路である超伝導量子回路を組み合わせることで、マイクロ波を用いた量子センシングや量子メモリへの応用が期待されるとしている。