静岡大学は12月8日、コクワガタを題材に、クワガタムシ類のオス特有の巨大なアゴの成長や形態形成に、本来は肢や翅を適切なサイズに成長させる役割を持つ多数の遺伝子群が関与することを解明したと発表した。

また、この結果に基づき、クワガタムシ類におけるオス特有の大きなアゴの成長や形状は、肢や翅の成長を司るメカニズムがアゴでも働くようになったことで進化的に獲得されたとする仮説を提案したことも併せて発表された。

  • 通常のオスとdachsous遺伝子の機能を阻害したオスの比較

    通常のオス(左)と、dachsous遺伝子の機能を阻害したオス(右)の比較(出所:静岡大プレスリリースPDF)

同成果は、静岡大 総合科学技術研究科の足守泰成大学院生(研究当時)、静岡大 理学部の千頭康彦特別研究員(日本学術振興会PD)、同・後藤寛貴助教らの研究チームによるもの。詳細は、動物学を扱う学術誌「Zoological Science」に掲載された。

大きなアゴの形成に関わる9つの遺伝子を同定

シカやカブトムシの頭の角のように、動物の身体の一部が極端に大型化し、“武器”として利用されることがある。これらの武器は、しばしばメスを巡るオス同士の争いや、捕食者への防衛に用いられる。近年、昆虫類の甲虫目の研究により、こうした動物の持つ武器(武器形質)の成長は、肢や翅の成長を担ういくつかの遺伝子に制御されることが報告された。しかし、肢や翅の成長を司るメカニズムのうち、どれほどの遺伝子が武器形質の成長に関与するのか、またそのメカニズムは成長だけでなく、武器形質特有の構造の形成にも寄与するのか、といった点については多くの謎が残されていた。

そこで研究チームは今回、クワガタムシ類の「コクワガタ」(Dorcus rectus)のオスを題材に、オスで大きく発達するアゴの成長や形成に対し、肢や翅の成長に関わる「Fatシグナル伝達経路」と、「expanded」や「crumbs」といった成長シグナル遺伝子群の機能を網羅的に調べたという。

今回の研究では、昆虫類全般で肢や翅の成長に関わる9つの遺伝子の機能を阻害し、成虫のアゴのサイズや形状への影響が観察された。クワガタムシ類のオスのアゴは遠近軸方向に大きく発達し長く伸びるため、まずアゴの長さが測定された。その結果、いずれの遺伝子の機能阻害でもオスのアゴは基本的に通常個体よりも短くなる傾向にあることが判明した。

さらに、コクワガタのオスのアゴは長さに対して幅が狭く、いわゆるシュッとした形状をしているものの、機能阻害したオスのアゴが通常時よりも幅広くなることが6つの遺伝子により確認された。つまり、今回解析された肢や翅の適切な成長に必要とされる典型的な遺伝子群の多くは、コクワガタのオスに特有の細く長大なアゴの形成に必要であることが示された。

  • 成長シグナル遺伝子群の機能阻害がアゴに与える影響

    成長シグナル遺伝子群の機能阻害がアゴに与える影響。各画像の右上の文字は機能阻害した遺伝子が示されている(出所:静岡大プレスリリースPDF)

その上、予想外な点として、成長シグナル遺伝子群の「expanded」や、Fatシグナル伝達経路の遺伝子「dachsous」を機能阻害すると、メスのアゴに見られる腹側の膨出部がオスでも生じ、全体の形状もメスと似た勾玉状になることが明らかにされた。このことは、これらの遺伝子が、コクワガタのアゴにおけるオスに特有の形状や構造の形成に必須であることを示唆するものである。

  • dachsous(ds)遺伝子とexpanded(ex)遺伝子の機能阻害によるオスのアゴ形状のメス化

    dachsous(ds)遺伝子とexpanded(ex)遺伝子の機能阻害によるオスのアゴ形状のメス化。(A)機能阻害個体のアゴ。矢印は、通常時のメスに見られる膨出部を示す。(B・C)機能阻害個体のアゴの形状を数値化したグラフ(出所:静岡大プレスリリースPDF)

武器形質形成に関わる成長シグナル遺伝子は、これまで2遺伝子ほどしか知られていなかったが、今回の研究により少なくとも9遺伝子の関与が示された。また、コクワガタにおけるオス特有の大きなアゴの成長や形状は、肢の成長を司るメカニズムがアゴでも働くようになったことで、進化的に獲得されたとする仮説が提案された。

さらに、系統的に離れた種の武器形質に共通して少なくとも2遺伝子が関与することから、肢の成長に関わる遺伝子群が収斂的に武器となる器官で働くようになったことで、さまざまな分類群で武器形質が獲得された可能性があるとした。

今後は、より詳細な発生メカニズムを通し、武器形質の進化に必要だった要素を解明していく必要があるという。なお、今回の研究で着目された遺伝子群は、ヒトのがん遺伝子と相同な遺伝子を含むように多くの動物にも存在する。そのため、今回の研究成果は、武器形質などの器官の巨大化を伴う現象について、動物全体に共通する仕組みの解明に繋がることが期待されるとしている。

  • 今回の研究のまとめ

    今回の研究のまとめ(出所:静岡大プレスリリースPDF)