東京大学(東大)は12月5日、従来の2系統の測定手法の間に大きな不一致が存在する「ハッブルテンション」の問題の解決に向け、国際共同研究チームが重力レンズ効果を用いた、従来とは独立した測定手法により宇宙の膨張速度を示す「ハッブル定数(H0)」を求めたところ、68.3~75.5km/s/Mpcという値が得られたと発表した。

またこの値は、初期宇宙の観測から得られた67~68km/s/Mpcとは一致しない一方、後期宇宙の観測から得られた70~73km/s/Mpcと整合的だったことから、現在の標準的な宇宙論モデルを超える、未知の素粒子や物理現象などの存在を示唆する結果となったことも併せて発表された。

同成果は、東大大学院 理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センターのKenneth Wong特任助教とEric Paic特任研究員を含む、30名強の研究者が参加する国際共同研究チームTDCOSMO Collaborationによるもの。詳細は、天文学と天体物理学を扱う学術誌「Astronomy & Astrophysics」に掲載された。

測定された膨張速度が示す新たな謎

H0は、宇宙の年齢・進化・最終的な運命などに深く関わる、宇宙論における最重要パラメータの1つだ。これは1929年、遠方銀河ほど高速で地球から遠ざかることを発見したエドウィン・ハッブルにより提唱され、以降、研究者たちはより正確な値を求めてきた。

これまで、H0を導き出す手法は2系統あった。1つは、初期宇宙(主に宇宙マイクロ波背景放射)の観測から求めるもので、67~68km/s/Mpcという値が得られていた。もう一方は、近傍宇宙の変光星やIa型超新星などの観測から求める手法で、こちらは70~73km/s/Mpcという値だった。この不一致は統計的に無視できないレベルのため、「ハッブルテンション」として大きな問題となっている。

この不一致の理由を解明することは、宇宙の理解を深めるためにも不可欠だ。この問題は、どちらかの手法か、もしくはどちらも間違っているケースが想定される。しかし、もしこの不一致こそが真実だった場合、新たな素粒子の存在や、宇宙初期に未知のダークエネルギーによる加速度的膨張が生じた可能性など、標準的な宇宙論モデルを超える未知の現象の証拠となる可能性も出てくる。そのため、従来とは異なる独立した手法でH0を測定することが強く望まれていた。

そこで研究チームが取り組んだのが、重力レンズ効果を用いてH0を求める手法である。重力レンズ効果は、地球と遠方銀河の間に、銀河などの大質量天体が存在する際、その強い重力により遠方銀河からの光の経路が、間に凸レンズがあるかのように曲げられるという現象だ。そのため、遠方銀河の像が複数に分裂したり、拡大したり、歪んだりして観測される。

  • 重力レンズ効果を活用した観測のイメージ

    重力レンズ効果を活用した観測のイメージ。(c)M. Millon(出所:東大Webサイト)

地球までの経路を途中の大質量天体の重力で曲げられた光は、それだけ遠回りをする結果となる。そのため、複数の像がある場合、像ごとに地球に到達するまでの時間に差(時間遅延)が生じる。具体的には、最短ルートの像の明るさが変化してから、ほかの分裂した像がそれぞれ同じ明るさの変化を示すまでの遅延した時間を計測する。これにより、H0を求めることが可能だ。この手法は「時間遅延宇宙論」と呼ばれる。

  • 重力レンズで像が分裂した8つのクエーサー

    今回の研究(TDCOSMO 2025)で利用された、重力レンズで像が分裂した8つのクエーサー。(c)TDCOSMO Collaboration et al. 2025, A&A, in press(出所:東大Webサイト)

今回の研究では、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、ハッブル宇宙望遠鏡、超大型望遠鏡、ケック望遠鏡など、複数の望遠鏡を利用し、重力レンズ効果で像が分裂したクェーサー8天体が観測された。この手法は、特に重力レンズを起こす銀河(レンズ銀河)の質量分布を正確にモデル化することで測定精度が向上する。そこで研究チームは、レンズ銀河に属する星々の運動を精密に測定し、質量と重力レンズ効果の制約を大幅に向上させた。その結果、測定誤差4.5%という高精度が達成され、H0は68.3~75.5km/s/Mpcと算出された。

今回得られた値は、初期宇宙から求められた値とは一致しない一方、後期宇宙から求められた値とは整合的だった。この結果は、現在の標準的な宇宙論モデルでは説明できないことを意味し、未知の素粒子や物理現象の存在が示唆された。さらに、今回の測定が従来とは独立した手法であるため、ハッブルテンションが観測上の系統誤差によるものではないことを示す、強力な検証ともなった。

今回の測定誤差は4.5%という高精度だったが、ハッブルテンションを完全に確定するまでには至らなかった。研究チームは今後、測定誤差を1.5%未満に抑え、他の宇宙論的観測と同等レベルにまで引き上げることを目指すとした。また、次世代の望遠鏡を用いた新たな観測データの蓄積によって、この不一致がより確定していく可能性もあるという。研究チームは、未知の素粒子やダークエネルギーなど、宇宙進化に関する新たな物理の手がかりがつかめることを期待するとしている。

  • 今回のH0測定結果と他の測定との比較

    今回のH0測定結果(TDCOSMO)と他の測定との比較。TDCOSMOの結果は他の測定手法とは完全に独立しており、初期宇宙から導かれた値よりも後期宇宙の観測から導かれた値と整合的な結果となった。(c)A.Makarenko(出所:東大Webサイト)