ふたつの小型機からなる火星探査機「ESCAPADE」

2025年11月14日5時55分(日本時間)、発射台から飛び立ったブルー・オリジンの新型ロケット「ニュー・グレン」2号機は、米国航空宇宙局(NASA)の火星探査機「ESCAPADE」(エスカペイド)を宇宙に送り届けた。ESCAPADEは、「ブルー」と「ゴールド」と名付けられた2機の小型探査機から成り、火星の大気と太陽風との相互作用を調べることを目的としている。

  • 火星を周回するESCAPADEの想像図 (C)Rocket Lab USA/UC Berkeley

    火星を周回するESCAPADEの想像図 (C)Rocket Lab USA/UC Berkeley

ミッション名は、Escape and Plasma Acceleration and Dynamics Explorersの頭文字を取ったもので、「火星大気の脱出とプラズマ加速およびダイナミクスを探査する探査機」といった意味合いになる。

その目的を達成するために、各探査機には次の4種類の観測機器が搭載されている。

  • EMAG(ESCAPADE Magnetometer)
    • 磁場を測定する磁力計で、宇宙機本体からの磁気ノイズを減らすため、ブーム先端に搭載されている
  • EESA(ESCAPADE Electrostatic Analyzer)
    • 2eV~20keVのイオンのエネルギー、フラックス、質量と、3eV~10keVの電子のエネルギーとフラックスを測定する荷電粒子検出器
  • ELP(ESCAPADE Langmuir Probe)
    • プラズマの電子密度、電子温度、電位を測定するラングミュア・プローブ
  • VISIONS(Visible and Infrared Observation System)
    • 可視光と赤外線の両方の波長域で同時に撮像できるデュアル波長カメラで、火星全体を1枚の画像として捉え、極冠の季節変化や火星オーロラの様子を観測できる

探査機の開発は、米国のロケット・ラボが手がけた。同社は小型ロケット「エレクトロン」を運用していることで知られ、その上段のキックステージを発展させた宇宙機「フォトン」をもとに構築された。ESCAPADEは同社にとって初の惑星探査機でもある。

各機の大きさはおよそ1.20×1.65×1.09mで、太陽電池パドル展開時の翼長は約4.88mとなる。推進システムとしては、アリアン・グループ製の化学推進エンジンと、姿勢制御用の小型スラスターを備えている。

  • ESCAPADEの想像図 (C)Rocket Lab

    ESCAPADEの想像図 (C)Rocket Lab

ESCAPADEは、NASAの低コスト探査機プログラム「SIMPLEx」(Small Innovative Missions for Planetary Exploration)の4番目のミッションとして選定された。当初は、別の小型ロケットで火星へ向かう計画だったが、その後、NASAの小惑星探査機「Psyche」(サイキ)に相乗りする案に切り替わった。ところが、サイキの打ち上げロケットや軌道設計の変更により、ESCAPADEが火星へ到達することが難しくなり、この相乗り計画は中止された。

2023年になると、NASAはESCAPADEの新たな打ち上げ手段を公募し、ブルー・オリジンとニュー・グレンによる打ち上げ契約を結んだ。契約額は約2,000万ドルで、火星ミッションとしては破格の安さである。ブルー・オリジンにとってはニュー・グレンの性能や打ち上げ能力を実証する機会となり、NASAにとってはSIMPLExのコンセプトどおり、低コストでの火星探査を維持できるという利点があった。

現在の火星の姿に至るナゾを解き明かす

ニュー・グレンによる打ち上げは、当初は2024年後半に計画されていた。しかし、その後ニュー・グレンの開発が遅れたことから、打ち上げは最終的に約1年遅れの2025年11月となった。

  • 打ち上げに向けて準備中のESCAPADE (C)Rocket Lab

    打ち上げに向けて準備中のESCAPADE (C)Rocket Lab

また、この遅れにより、従来想定していた効率の良い火星遷移軌道を利用することも難しくなった。そのため軌道設計が大きく変更され、まず地球と太陽の重力がつり合うラグランジュ点L2近傍の軌道に入り、およそ1年間待機しながら宇宙天気の観測を行う。その後、2026年11月ごろにいったん地球へ戻るような軌道に移り、地球へ最接近したタイミングでエンジンを噴射してスイングバイを行い、火星へ向かう軌道に入る計画だ。

2機の探査機は、その約11カ月後の2027年9月に火星へ到着し、まずは似た楕円軌道に投入されたのち、最終的には異なる楕円軌道に分かれて科学観測ミッションを実施する計画である。異なる軌道から同時に観測を行うことで、火星周辺の粒子の流れと磁場を三次元的に解析し、火星の大気がどのように宇宙空間へ逃げていったのかを、より深く理解することが期待されている。

こうした火星大気の流出と磁場の観測というテーマは、日本の火星探査機「のぞみ」が掲げていた科学目標とも通じる。「のぞみ」は火星周回軌道への投入には至らず、本格的な観測は実現しなかったが、その挑戦は火星大気進化研究の重要性を早い時期から示したものだったといえる。

ESCAPADEは、その問いを小型探査機2機による同時観測という新しいアプローチで引き継ぎ、火星がいかにして現在の姿に至ったのかという謎に、本格的に挑むミッションだ。その姿は、科学の謎を解き明かす挑戦が、国や世代を超えて受け継がれていくことを物語っている。

なお、ESCAPADEを打ち上げたニュー・グレン2号機は、第1段を着陸回収することに成功しており、詳細は別記事で取り上げている。

参考文献