電気通信大学(電通大)、科学技術振興機構(JST)、理化学研究所(理研)、東京大学(東大)、東北大学、兵庫県立大学、山形大学、静岡大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)の9者は10月29日、日本付近の地磁気(約46μテスラ(T))の約240万倍にあたる110Tの強磁場を発生可能な、重量1100kgの可搬型磁場発生装置「PINK-02」を開発したことを共同で発表した。
さらに、理研とJASRIが運用するX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」のX線照射位置にこの装置を設置し、固体酸素を対象に世界最高強度の磁場下でのX線回折実験を行ったところ、異方的に1%もの巨大な歪みである「磁歪」を示すことを観測したと共同で発表した。
同成果は、電通大 基盤理工学専攻の池田暁彦准教授、理研 放射光科学研究センターの久保田雄也研究員らを中心とした20名強の研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
2位以下を引き離す新記録達成も、まだ先へ!
強磁場が引き起こす新たな現象、たとえば、物質の結晶構造が不安定化して出現する新結晶構造の探索などが注目されている。しかし、強磁場下で結晶構造を調べるためのX線照射はこれまで困難とされてきた。
その困難な理由は、100Tを超える強磁場を得るために、1回ごとにコイル自身が磁場の反発力に負けて爆発する仕組みを前提とした「破壊型パルス磁場発生法」が不可欠だからだ。ところが同装置は、施設級の大型サイズ、持続時間が100万分の1秒程度と短いパルス発生、シングルショットで繰り返せない、そしてコイルの爆発が避けられないなど、多くの課題を抱えているため、100T以上の強磁場とX線を組み合わせた実験はこれまで実施が困難だった。
そうした中、2011年に世界で2番目のXFEL施設としてSACLAが日本で稼働を開始。同施設では、100兆分の1秒という非常に短いパルス幅で、かつ世界最強レベルの強度のパルスX線を利用可能だ。このX線であれば、1回で実験データを得られることから、一瞬かつ1回しか起こらない現象も研究対象とすることもできるようになったのである。しかし、SACLAは欧米の施設と比べると小型であるとはいえ、それでも700m以上もあり、施設級の大型装置である破壊型パルス磁場発生装置と組み合わせての利用は依然として困難だった。つまり、パルス磁場発生装置をポータブル化する必要があったのである。
このような背景の下、池田准教授はポータブル超強磁場発生装置の開発をスタート。2022年には、初号機「PINK(Portable INtense Kyokugenjiba)-01」を開発し、77Tを達成していた。そして今回、2号機のPINK-02で110Tを実現し、米国で記録された40T、欧州で開発中の60T級の装置などをさらに引き離すことに成功した。
その後、同装置の重量が1100kgであることによる可搬性を活かし、SACLAのX線照射位置にPINK-02が設置された。今回は、磁場に応答を示し、結晶格子が柔らかいという特徴を持つため、強磁場下で新しい結晶構造が現れることが期待されてきた固体酸素が実験対象とされた(酸素は、約-220℃で固体となる)。
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PINK-02の概要と、SACLAでの破壊型パルス磁場実験の様子。(a)PINK-02とXFELによる強磁場X線実験の模式図。(b)その拡大図。(c)PINK-02の回路図。(d)一巻きコイル(磁場発生前)。(e)SACLAビームラインにおける110T磁場発生の瞬間。(f)一巻きコイル(磁場発生後)。(g)XFELの照射タイミング。(h)PINK-02による110Tパルス磁場波形。(i)PINK-02のパルス電流波形(出所:電通大Webサイト)
110T強磁場下で行われたX線回折実験の結果、固体酸素が強磁場の作用を受け、その結晶構造が1%にも達する異方的に大きな磁歪を示すことが観測された。この現象は、スピン間の相互作用が結晶の一方向には強く、別の方向には弱いという、原子スケールで異方的な磁気相互作用の存在を示唆するとのこと。これにより、磁性体においてスピンと結晶構造の異方性が強く結びついていることが、初めて原子レベルで実証された。さらに、理論計算と照らし合わせることで、この解釈が支持されることが確かめられたとした。
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110Tにおける固体酸素のX線回折実験データと、判明した110Tにおける固体酸素結晶の変形の様子。ゼロ磁場中(a)および110T磁場印加の瞬間(b)の固体酸素の粉末X線回折像、固体酸素の粉末X線回折プロファイル(全体(c)、部分1(d)、部分2(e)、部分3(f))、固体酸素(β相)の結晶構造の模式図と磁場による異方的な変形の様子(g)(出所:電通大Webサイト)
研究チームは今後、今回確立された研究プラットフォームを活用し、磁性体、金属非磁性体など、さまざまな結晶に対して、強磁場下での新しい結晶構造の出現を実証していく計画とする。特に固体酸素については、今回の110Tを超える120T付近で、完全に新しい結晶構造の「θ相」が現れると予想されており、その構造を確かめることが次の目標となるという(ちなみに、今回の研究における本来の目的は、120Tを達成し、固体酸素のθ相を検証することだった)。
X線は、物質の構造、電子状態、磁性、ダイナミクスなど、多方面の研究に用いられている。研究チームは今後、100Tを超える強磁場下で、それらすべての研究を展開することも目指すといい、こうした研究により、強磁場が引き起こす新現象や新物質の発見につながることが期待されるとしている。