東京科学大学(科学大)は10月16日、米国航空宇宙局(NASA)のカッシーニ探査機が土星の衛星エンケラドスの噴煙から採取したサンプルに含まれる多様な有機物をデータの再解析により発見し、さらに、同衛星の環境を模した条件での実験でそれらが自然に合成されうることを確認したと発表した。
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エンケラドスの南極から噴出するプルームと内部構造。分厚い氷の下に潮汐加熱で液体となった内部海が存在し、生命の存在が期待されている。南極側にあるひび割れのタイガーストライプから、内部海が間欠泉として吹き出している。(c) NASA/JPL-Caltech(出所:NASA/JPL-CaltechL Webサイト)
同成果は、科学大 地球生命研究所の関根康人教授、科学大 地球惑星科学系 地球生命コースのMaxwell Craddock大学院生らが参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は2本の論文にまとめられ、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」と、太陽系研究を扱う太陽系研究を扱う学術誌「Icarus」に掲載された。
エンケラドスの科学的多様性を示す手がかりに
現在、太陽系のガス惑星の氷衛星や、準惑星の冥王星やセレスなどには内部海がある可能性が示唆されており、地球外生命が存在する可能性も高まっている。しかし、内部海を持つ天体の中で、その成分を調べられるのはエンケラドスのみ。内部海は分厚い氷に覆われているため、機材を着陸させ、水中ドローンなどの探査機を送り込むのは困難で、技術的な課題に加え、地球の細菌などによる汚染の問題もある。
一方、エンケラドスは南極域の「タイガーストライプ」と呼ばれる割れ目などから内部海の成分を間欠泉(プルーム)として噴出しており、氷の下まで行かなくても宇宙空間でその成分を調べることが可能。実際、カッシーニもエンケラドスの間欠泉の噴煙の中に飛び込みサンプリングすることで、有機物の存在を確認するという大発見を成し遂げたのである。今回の研究も、このカッシーニのデータの再解析から始まった。
今回は2本の論文が発表され、そのうち1つ目の研究では、カッシーニがエンケラドスを、約秒速18kmという速度で高速フライバイした際にプルームから収集した氷粒子の質量スペクトルが解析された。これまでエンケラドス由来の物質は、主に土星のEリング中の粒子を分析することで研究されてきたが、それらは数十年~数百年前の古い氷だった。
それに対し今回の研究対象は、カッシーニがプルームの噴煙内に飛び込んで採取した新鮮な氷粒子だ。その解析の結果、これまで検出されていなかった芳香族化合物、エステル、エーテル、窒素・酸素を含む有機物のシグナルが発見された。これらがプルームから採取された事実から、エンケラドス深部では現在も熱水化学反応が起きている可能性が示唆されるとのこと。このプロセスは、地球の海底熱水環境に見られる化学反応と類似していることが考えられるとした。
そして2つ目の研究は、実験室シミュレーションの結果を報告するものだ。高圧オートクレーブと極低温冷凍庫を用い、二酸化炭素、アンモニア、メタン、シアン化水素、リン酸塩の混合物を用いて、エンケラドスに似た環境が模擬された。加熱のみ、凍結のみ、加熱と凍結のサイクルのという3条件で実験を行った結果、最高150℃での水熱反応によってアミノ酸、アルデヒド、ニトリルが容易に生成されたという。さらに、加熱凍結サイクルの条件では、グリシンなどの単純なアミノ酸も生成されることが確認されている。
カッシーニの宇宙塵分析装置を模した新規レーザー誘起質量分析計による検査では、得られたスペクトルが探査機の観測結果と非常によく一致したとのこと。だが、実験ではアミノ酸が豊富に生成されたにもかかわらず、プルーム粒子の解析ではそのシグナルは検出されなかった。これは、塩分を多く含む粒子への分配やその後の変質によって、シグナルが弱まった可能性が示唆されるとした。
研究チームによれば、今回の2つの研究成果により、エンケラドスの内部海が化学的に多様で、動的に活発であるという考えがいっそう強まったという。噴出中のプルームに芳香族基と酸素含有基が検出された事実は、現在も熱水反応が進行していることを示唆するもの。また、実験室シミュレーションにより、エンケラドスの環境下でアミノ酸が妥当な経路で生成され得ることが実証された。一方で、エンケラドスから検出されている巨大高分子有機物は、今回の実験では再現できなかった。これらの高分子有機物質の生成には、高温での触媒作用や原始的な炭素物質など、他のプロセスが関与している可能性があるとする。
将来的に、エンケラドスのプルームの氷粒子を直接採取できる探査機に高度な機器を搭載できるようになれば、同位体組成の詳細な分析やアミノ酸の存在の確認に加えて、複雑な高分子が水熱合成によるものか、あるいは原始的な構成要素の残骸なのかを判定できるようになる可能性もあるとする。今回の研究成果は、エンケラドスの居住可能性を評価する上でも、地球外の海洋惑星で生命が誕生し得るかという問いを解く上でも、極めて重要となるだろうとしている。
