北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)と大阪大学(阪大)の両者は10月7日、ユネスコ無形文化遺産「金沢金箔」の箔打ち工程における、再結晶や回復を防ぐ工夫や、特殊な滑り面の働きを確認することに成功し、金沢金箔の薄さと輝きを保つ仕組みを世界で初めて解明したと共同で発表した。
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(a)金沢金箔。(b)電子後方散乱回折で取得された金沢金箔の方位マップ。色は、箔打ち方向に対する結晶方位を示し、赤は[001]方位である。(c)最終段階の金沢金箔の透過電子顕微鏡像。黒い帯に対応する[110]方位に沿ったすべり帯は、互いに直交している。(出所:JAIST Webサイト)
同成果は、JAIST ナノマテリアル・デバイス研究領域のYuanzhe XU大学院生、同・麻生浩平講師、同・村田英幸教授、同・大島義文教授、阪大 超高圧電子顕微鏡センターの市川聡特任教授(常勤)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の文化遺産の科学に関する学術誌「npj Heritage Science」に掲載された。
金沢金箔の薄さと輝きを科学的に調べた結果……
金沢金箔(縁付金箔製造)は、寺社仏閣や伝統工芸品を飾るのに加え、文化財の修復に不可欠な素材だ。その特徴は、髪の毛の約1000分の1(約100nm)という、「世界で最も薄い金属箔」といわれる極薄性と、永続的な光沢にある。その魅力から、2020年にユネスコ無形文化遺産に登録された。
これまでの研究から、金沢金箔が安定した「{001}集合組織」(金の多数の結晶粒が、結晶の最も基本的な面である{001}面をそろえて整列している状態)を形成することが判明していたが、その過程は不明だった。通常の金属では、箔打ちによって「{110}集合組織」({110}は{001}とは異なる結晶面)が発達する一方、変形した金属内で新しい歪みのない結晶が生まれる「再結晶」や、歪みや欠陥が熱で減少する「回復」といった現象が起き、面内の結晶方位はランダムになる。つまり、なぜ金沢金箔が均一で安定した{001}集合組織を示すのか、その理由は長年の謎だったのである。
この謎の解明は、伝統工芸の継承と材料科学の進展の双方にとって重要な課題だ。そこで研究チームは今回、最先端の「電子後方散乱回折」と、2MVという世界最高加速電圧の「超高電圧透過電子顕微鏡」を用い、無加工で系統的に金沢金箔の分析を行ったという。
今回の研究では、金沢金箔の製造の中間段階にあたる約1μmの「金澄」と、最終段階の約100nmの「金箔」を対象とし、局所的な結晶性が調査された。その結果、金澄は面内の結晶方位としてランダムな{110}集合組織を示しつつも、転位密度が高く再結晶が起きていないことが判明した。
一方で最終段階の金箔は、面内の結晶配向も高い{001}集合組織を呈していた上、転位密度は著しく増加しており、回復や再結晶が生じていないことが示唆された。加えて、{110}面に平行な多数の「すべり帯」(原子面のずれが表面に現れた跡)があり、その多くが直交していた。この事実は、非八面体的な「{110}-<110>すべり系」(<110>は原子が動く方向)が活性化していることを示唆するものだ。通常の面心立方晶(立方体のすべての角とすべての面の中央に原子がある結晶構造)金属では、このような非八面体のすべり系が動くことはなく、金箔が特殊な変形状態にあることが突き止められたとした。
今回の研究で、金沢金箔は従来の面心立方晶金属とは異なる変形メカニズムにより、特異な集合組織を形成することが明らかにされた。具体的には、熱間圧延や焼鈍(やきなまし)処理を施した金属材料と異なり、金沢金箔は再結晶や回復を伴わずに加工が進行する。その結果、箔打ち過程において転位が絡み合うため、通常なら活性化する「{111}-<110>すべり系」が抑制される。
また、膜厚が転位ループのサイズに近い200nm程度になると、転位ループの一部が表面を突き抜けるため、薄膜全体を貫通するらせん転位が多数残存する。これらのらせん転位は動きやすいため、交差すべりを誘発する。この交差すべりが進化した結果、非八面体的な{110}-<110>すべり系が活性化するのである。この{110}-<110>すべり系は、箔打ち方向に対し、結晶方位を[110]から[001]へ徐々に回転させることが可能だ。さらに、加工に叩く際は金箔を上下から和紙で挟むため、表面摩擦を低減すると共に温度上昇を防ぐ工夫がされている。つまり、この温度制御によって再結晶や回復が抑制され、上述した特殊な変形が実現したと説明できるとした。
今回の成果は、金沢金箔という無形文化遺産の科学的理解を深め、伝統技術の保存・継承に確かな裏付けを与えるものだといい、これにより、文化財修復における信頼性の向上や、安定供給に向けた技術支援が可能になるとする。さらに、極薄金属膜における特殊な変形メカニズムの知見は、構造敏感な次世代のナノ材料や高機能薄膜デバイスの開発への応用も期待されるといい、具体的には、電子材料、センサ、装飾材など、従来にない性能やデザイン性を備えた新しい製品の創出につながる可能性があるとしている。