東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)の両者は10月2日、2K(約-271℃)の極低温環境下で、有機半導体単結晶のキャリア移動度が100cm2V-1s-1超えを達成したことを実測により確認したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の竹谷純一教授、同・古川友貴大学院生、同・髙柳英明特任教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する学術誌「Science」の姉妹誌「Science Advances」に掲載された。
キャリア移動度は、固体物質中における電子や正孔の移動のしやすさを示す物理量である。有機半導体は、分子間が弱いファンデルワールス力(分子間力)で結びついているため、無機半導体と比べキャリア移動度が低い傾向がある。実際、これまで室温環境下では10cm2V-1s-1程度に留まっていた。
それにもかかわらず、有機エレクトロニクスは柔軟性や軽量性といった大きなメリットがあるために研究開発が活発に行われ、キャリア移動度の向上などが進められている。研究チームもその取り組みの1つとして、分子数層分の厚みしかない有機半導体単結晶薄膜を大面積で作製する技術を研究開発している。
熱振動は、電荷キャリアの移動を妨げる散乱源であり、キャリア移動度を制限する主な要因だ。特に機械的柔軟性に富む有機半導体の場合、ファンデルワールス力の結合が弱いため、無機半導体に比べて熱振動が大きくなりやすいことが、キャリア移動度の低さにつながっていた。
これに対して研究チームは、フレキシブルな支持基板を一方向から曲げることにで分子の熱振動を抑制できることを発見。これにより、キャリア移動度が最大1.7倍向上することを見出していた。そこで今回の研究では、有機半導体に3%の圧縮歪み(ひずみ)を加えた上で、「電気二重層トランジスタ」構造により高密度のキャリアを注入し、低温環境下でのキャリア輸送特性を調べたという。
今回の手法は、圧縮歪み導入による分子熱振動の縮小効果と、低温による熱エネルギー抑制効果を組み合わせるため、熱振動に大きく支配されるキャリア輸送の本質的な限界を探索する上で有効だ。ここで用いられた電気二重層トランジスタは、イオン液体(負電荷分子と正電荷分子から構成される液体)を絶縁体(誘電体)に用いた電界効果トランジスタの一種である。電気二重層トランジスタは、イオン液体が半導体表面に形成する厚さ約1nm程度の電気二重層を利用するため、金属/固体誘電体/半導体の3層構造を取り、通常の電界効果トランジスタよりも高い密度のキャリアを誘起することが可能だ。
今回、電気二重層トランジスタを用いて有機半導体単結晶「C8-DNBDT」に最大4分子当たり1電荷(1014(100兆)cm-2に相当する高密度のキャリア)を誘起し、「ホール効果測定」によりキャリア輸送特性が評価された。なおホール効果とは、導体や半導体に電流を流した際、その電流の向きに垂直な磁場を加えると、磁場中で電荷キャリアがローレンツ力を受け、電流と磁場の両方に垂直な方向に電位差(電圧)が生じる現象のことをいう。この効果の測定により、キャリアの種類(電子または正孔)、密度(単位は主にcm-2)、移動度を正確に決定することが可能となる。
-

有機半導体結晶C8-DNBDTデバイスと二次元正孔ガスの概略図。(a)C8-DNBDTの化学構造式(左)と、単分子層における結晶構造(右)。(b)C8-DNBDTを用いた電気二重層トランジスタの模式図。(c)有機半導体中に形成された二次元正孔ガスのイメージ。(出所:共同プレスリリースPDF)
その結果、180K(約-93℃)の低温環境下でキャリア移動度は20cm2V-1s-1以上の値を示し、同程度のキャリアを注入した従来の有機半導体単結晶に比べ、移動が約4倍に向上した。さらに、温度の低下に伴ってキャリア移動度は上昇し、歪み導入を行った有機半導体の移動度は2Kの極低温下において、最大117cm2V-1s-1が記録された。ホール効果測定で100cm2V-1s-1を超えるキャリア移動度を観測したのは、今回が世界初となるとのこと。この成果は、高移動度有機半導体(室温で移動度が約10cm2V-1s-1以上の値を示すもの)において、これまでにない高いキャリア移動度の実測に成功したものだ。
-

有機半導体電気二重層トランジスタ(EDLT)への一軸歪み(ひずみ)導入。EDLTの支持基板を一方向から押し曲げることによって、デバイス中央部にある単結晶チャネルの結晶格子が一方向から圧縮されている。(出所:共同プレスリリースPDF)
有機半導体は、化学合成により分子形状を自由に設計できるという特長を持つ。今回の研究成果は、分子構造を熱振動の小さい形態へと最適化することで、キャリア移動度がさらに向上する可能性を示唆する。今後、高性能電子デバイスへの応用研究や、高移動度を実現する「二次元正孔ガス」(半導体と絶縁体界面に誘起した正孔キャリアが二次元的に広がり分布している状態により)を用いた量子エレクトロニクスなどの基礎研究が、加速することが期待されるとしている。