ビジネスのあらゆるシーンでデータやAIの活用が進むなか、多くの企業が採用・育成に注力しているのがデータに精通した「データ人材」だ。しかし、せっかくの人材を十分に生かせず、データを活用した取り組みが順調に進んでいないという話もしばしば耳にする。なぜ、そうした事態を招いてしまうのか。
本稿では、GA technologies 執行役員 Chief Data Officerの奥村純氏にデータ人材の必要性や求められる人材像、データ人材を生かす組織風土の在り方などについて伺った。
データ人材が担う役割
データ人材が活躍するのは、当然ながらデータ活用の場だ。では、そこでどのような成果を期待されるのだろうか。奥村氏によると、データ活用には主に2つの目的があるという。
意思決定のスピードと質
1つは意思決定のためのデータ活用だ。事業にまつわる数値の分析やレポーティングを通じて、企業の経営をスピーディーに進めることを目的としている。ヒト、モノ、カネといったリソースを最適化するため、多くの企業では常に大小さまざまな意思決定が行われている。
ではその意思決定は何に基づいているのか。
従来は、意思決定者の持つ情報量や経験が主な判断材料であった。そこにデータを用いることで、「経験や肌感ではなく、多くの人が同じ意思決定を再現できるようになる」と奥村氏は言う。データ人材にはまず、この意思決定のスピードと質を上げることが求められるわけだ。
顧客体験や業務効率の実現
もう1つは、顧客体験や業務効率のためのデータ活用だ。奥村氏がその例として挙げたのがGA technologiesにおけるマーケティング効率化の事例だ。同社は投資用不動産の売買を主事業としている。販売する物件のエリアや間取り、種類といった個別性がある商材のため、売買の形式も多様だ。一方で、不動産を購入する顧客のニーズも三者三様、まちまちである。
このような集客では一般的に「20代男性のライフスタイルに合わせて、この訴求軸で集客しよう、という解像度で企画がつくられることがある」と同氏は説明する。しかし、同社に蓄積された顧客の購買データやさまざまな調査データを集めて部門横断で連携した結果、その訴求軸が“1to1”に近づき、よりターゲットのニーズを捉えたことでマッチングの精度が向上したという。
「データを蓄積すれば、より素早く適切な商品を訴求・提案・売買できるようになります。サービスの顧客体験がより良くなれば、新しいお客さまにもつながります。そうすれば、さらにデータが増えることになる。このようにマッチングの精度を上げること自体が、企業の競争資源になるのです」(奥村氏)
つまり、データを単に作業として分析することではなく、ビジネスモデルにとってクリティカルな領域で顧客体験を創造すること、最終的にはデータによって売れる仕組みをつくることがデータ人材の究極的な理想像だろう。
データ活用のための整備
さらに奥村氏は、データを活用した取り組みを進めるために、もう1つの側面から、あるスキルを持つデータ人材が必要であることを強調した。それが、収集・蓄積したデータを使えるかたちに整備するスキルだ。データは所持しているだけでは、役に立たない。企業にとって有益なかたちに整備し、常に活用できる状態を維持する役割を担うデータ人材も重要なのだ。
求められるデータ人材像とは
このように、企業ではデータ活用のさまざまなシーンでデータ人材の活躍が期待されるが、目的に応じて必要なスキルは異なる。では、今後企業が求めるデータ人材像はどのようなものなのか。奥村氏は先に「今後求められなくなっていく人材像」について持論を述べた。
「今後、データの処理や分析ができる、AIのモデルをつくれるというようなスキルの重要度は下がっていくでしょう。もちろん専門性の重要度がなくなるわけではありませんが、“AIをつくる”といった単発の作業に関しては、プロセス自体が型化されていることも多く、キャッチアップコストが低くなってきています。こういう作業こそ、AIによる代替がされやすい領域でもあります」(奥村氏)
必要なのは“裾野のスキル”
そのうえで奥村氏が今後求められるデータ人材像として挙げたのが「価値まで届け切れる人材」「有用なデータを収集・整理できる人材」だ。これを同氏は「裾野のスキルを持つ人材」とも表現する。
データを分析する、AIをつくるといったことはあくまでも“作業”だ。本当に重要なのは、データ分析の結果が社内で使われ、アクションにつながっていることである。あるいは、自身がつくったAIがエンドユーザーに対する価値を生み出しているところまで確認してこそ、業務を遂行したことになる。
「自身の業務が事業を成長させるために役立つのかを考えながら、価値まで届け切れる人材が求められるのです」(奥村氏)
そうした人材は、“裾野のスキル”を持っているという。裾野のスキルの一例として、同氏は「越境マインド」を挙げた。越境マインドとは、部署や役職を超え、業務を推進していく能力を指す。従来であれば、事業推進は事業部側の役割だったが、データやAIを使う取り組みが増えてきている今、専門性が高いデータ人材も事業部と共に事業を推進していく立場になることが多い。そのため、既存の枠にとらわれず柔軟に周囲と協働できる越境マインドが必要なのだ。
データエンジニアリングの重要度が増す
また、前述のデータ整備の観点から、「データエンジニアリングのスキルを持つ人材の重要度が増すのではないか」と奥村氏は予測する。
「データが使える環境をどれだけ整備できるかで、データ活用の質は大きく変わります。AIも整備されたデータベースの上でこそ、成果を発揮できるのです。データエンジニアリングは一見すると地味な領域かもしれませんが、本来、企業にとっては一番大切な部分だと言えます。ここにどれだけ投資できるかが非常に重要でしょう」(奥村氏)
データ人材が真価を発揮できる組織風土づくり
データ人材の重要性は理解していても、人材を生かし切れていないという組織も多い。では、どのような組織風土がデータ人材を生かせるのか。奥村氏は3つのポイントを挙げて言及した。
トップのコミット、経営のバックアップ
1つ目はトップのコミットや経営のバックアップ体制がとれていることだ。奥村氏は肌感覚として「DXやAIの導入が進んでいる企業ほど経営層に占めるテクノロジー人材の割合が高い」と述べ、「日本企業にはデータを扱えるリーダー人材が少ない」と警鐘を鳴らす。トップや経営層がデータ活用の重要性をしっかりと理解し、それを推進していく姿勢を見せなければ、社内全体にデータ活用は浸透しない。これでは、いくら優秀なデータ人材が頑張っても価値まで届けきるデータ活用を実現するのは難しいだろう。
評価の言語化
奥村氏が挙げた2つ目のポイントは、データ人材の評価方法だ。データ活用関連の取り組みは長期間にわたるものも多く、半期、1年といった単位で成果を判断することが難しいケースが多々ある。だが、企業活動である以上、評価を避けて通ることはできない。システムが完成したら高評価だが、納期に間に合わなければ評価を下げるといった単純なことではないのは明解だろう。とはいえ、正当に評価されなければモチベーションは下がり、離れていくことすら考えられる。人材を生かす以前の問題だ。
同氏曰く、データ人材の評価では、その取り組みがどのように事業に貢献し得るのか、常に言語化することが有効だという。同氏が新卒入社をした企業では評価設定の第一項目に「自分が担当するプロダクト事業の売上利益の達成」が掲げられていた。
「この項目があったことで、私がやっていることはあくまでも売上利益のための仕事であるという意識付けがしっかりとできたことが良かったと感じています」(奥村氏)
これを踏まえ、自身で設定する個々の評価項目も事業貢献を言語化することを意識したという。この経験は、同氏が評価者になってからも重要な指針になっている。
「メンバーにはなるべく言語化を促すようにしています。私はよくメンバーに『この分析で出た結果を、事業部門はどういうアクションにつなげられるのか』とか『このデータをもらったマーケッターはどう捉えればいいの?』などと質問します。依頼が来て、システムをつくったり、分析をしたりするだけではなく、依頼の背景や課題を理解することも大切ですし、自身の業務がどう事業に貢献するのか、しっかりとイメージを持つことが重要なのです」(奥村氏)
今やっていることはビジネスにおいてどのような意味があり、将来的にどんな価値を生み出し得るのか。データ人材も評価者も常に意識して言語化し刷り合わせることで、最終成果が出ていない状態でもお互いに納得感のある評価を行えるのである。
もう1つ、同氏が重要だと語るのは評価基準の明文化だ。基準を言語化しておけば、他の人が評価者になっても、それぞれの主観で評価がぶれることもなく、同じ評価を再現することができる。
「データ人材が何をしたら良いのか、評価やキャリアステップを明確にしておくことが大切です」(奥村氏)
事業貢献に対する“手触り感”
3つ目のポイントとして、奥村氏はデータ人材が事業に貢献していると感じられる“手触り感”があることを挙げた。事業貢献の実感は、業務のモチベーションへとつながる。だが、先述の通りデータ活用はすぐに成果が出るとは限らず、取り組み自体も地道な作業が続くことが多い。
「とくにデータ整備は日の当たらない仕事のように見えてしまい、『ちゃんと事業に貢献できているという感覚が持てない』という声を聞いたこともあります」(奥村氏)
これに関しては、「貢献している」「役立っている」ということを、上司を中心に周囲が伝えていくことが有効だ。実際、同氏はチームメンバーによく「データ組織はコストセンターではなく、プロフィットセンターだと話す」という。
「メンバーに対し、事業にどう貢献しているのかをストーリー立てて伝えることを意識してもらっています」(奥村氏)
組織一丸のデータ活用を前進させるために
データ活用を推進していくうえで、データの扱いに精通したデータ人材は不可欠な存在だ。技術が進化した今、データ分析やAIモデルの作成といった部分はツールや生成AIで補える部分も増えてきた。今後は、データを活用した結果が価値を生み出すところまでがデータ人材の守備範囲となる。奥村氏も「私自身がこの10年間で身に着けたスキルは、今となっては大学生でもできるようなエンジニアスキル」だと笑う。だが、越境マインドを持って他事業部とコミュニケーションすることや、評価やマネジメントにおいて有効な言語化のスキルは、ずっと“腐る”ことがないポータブルなスキルだ。
同氏は、マインドだけでなく目に見えるかたちで“越境”が起きていくことを期待しているという。思い描くのは、データを理解している人材がビジネス側で活躍したり、営業出身者がデータアナリストになったりするような世界だ。
「データとビジネス、両面のスキルを身に着けた人たちが増えると、さらなるデータやAIの活用につながるのではないでしょうか」(奥村氏)

