広島大学は9月5日、相対性理論と量子力学の両者が関わる現象である「アンルー効果」について、これまでは極めて微弱で計測が不可能とされてきたが、リング状の超伝導回路で磁束量子のペアが高速で円運動し崩壊する現象を利用することで、その計測を行える可能性があることを発表した。

同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科の片山春菜助教、同・畠中憲之名誉教授ら2名の研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

超伝導回路を利用し「量子の温度計」を実現

量子力学における真空は、「量子ゆらぎ」によってエネルギー的に常にゆらいでおり、仮想の粒子と反粒子が対生成と対消滅を瞬間的に繰り返しているとされている。

観測者の運動の仕方によって、量子ゆらぎの感じ方が変化すると予測されている。静止した観測者にとって、量子ゆらぎによる仮想の粒子と反粒子は存在しないように感じられる。しかし、観測者が猛烈な加速運動をすると、量子ゆらぎが実際の粒子として現れ、それらは熱的なエネルギー分布を持つ。その結果、静止した観測者には絶対温度0Kであるはずの真空のはずが、加速している観測者には温かく感じられる。これこそがアンルー効果である。

  • 観測者の状態によって観測結果が異なる例

    観測者の状態によって観測結果が異なる例。(A)ドップラー効果。(B)アンルー効果。静止した観測者には冷たく感じる空間も、加速する観測者には温かく感じられる(出所:広島大Webサイト)

これは、相対性理論と量子力学の組み合わせることで導かれる現象だ。自然界に存在する4つの力を統一する「万物の理論」の構築には、両理論を融合した「量子重力理論」を完成が不可欠であり、そのためにもアンルー効果の観測に期待が寄せられていた。しかし、この効果は極めて微弱であり、これまで観測されていなかった。0Kの真空が1Kの熱を帯びたと感じるには、地球の重力加速度(約9.8m/s2)の約100京倍に当たる1020m/s2という、とてつもない加速度が必要だと見積もられている。

このとてつもない加速度を実現する可能性のある方法が、観測器を高速かつ非常に小さな半径で円運動させるというものだ。円運動の加速度はその速度に比例し、半径に反比例するため、現在の技術ならアンルー効果を観測できるレベルまで引き上げられる可能性がある。しかし、計測手法が確立されていない問題があった。そこで研究チームは今回、超伝導回路「ジョセフソン接合」をリング状にしたものを2層重ね、磁束粒子の崩壊を利用したという。

  • リング状のジョセフソン接合回路の概念図

    リング状のジョセフソン接合回路の概念図。超伝導体(黄色)と絶縁体(水色)の2層構造で、上下の接合にはそれぞれフラクソン(青矢印)とアンチフラクソン(オレンジ矢印)が閉じ込められており、両者はペアを形成、リングに沿って移動する。黒い矢印は、各接合に流れるバイアス電流の向きを示す(出所:広島大Webサイト)

考案された回路内には、磁気的な性質を持つ粒子「フラクソン」と「アンチフラクソン」が存在している。このペアを高速で円運動させることで、加速する観測者として宇宙の温度を計測させるのが今回の計画だ。そして量子の温もりの検出には、フラクソンのペアが崩壊する現象を利用する。このペアの動きは、坂道を転がるボールに例えられる。坂道の傾きは、回路に流す電気の量(バイアス電流)で自由に調節可能だ。

  • ポテンシャル中のフラクソンのペアの相対運動

    ポテンシャル中のフラクソンのペアの相対運動。(A)バイアス電流差がゼロの時、ポテンシャルは井戸状となり、ペアは閉じ込められる。(B)バイアス電流差が臨界電流に達すると、ポテンシャル障壁がなくなりペアが崩壊、フラクソンとアンチフラクソンが遠くに離れていく(出所:広島大Webサイト)

温度がゼロの場合、バイアス電流を徐々に増やすと、坂道の傾斜がきつくなり、ある時点で壁がなくなってボールが飛び出す(フラクソンのペアが崩壊する)。この崩壊は、回路に電圧が発生することで観測でき、崩壊が起きる瞬間の電流値(スイッチング電流)は常に一定となる。一方で、わずかな熱ゆらぎ(有限の温度)がある場合は、坂道に壁が残っていても、ボールが熱の力で壁を乗り越え飛び出すことがある。つまり、崩壊が起きる電流値は毎回異なり、ばらつき(分布)が生じる。温度が高いほどこのばらつきは大きくなり、より小さな電流でも崩壊が起きやすくなる。

  • フラクソンのペアの崩壊とスイッチング電流分布

    フラクソンのペアの崩壊とスイッチング電流分布。(A)絶対温度0Kでは、崩壊は常に一定の臨界電流で起こる。(B)有限温度では、熱ゆらぎにより低い電流でも崩壊が起き、ばらつきが生じる(出所:広島大Webサイト)

今回の研究では、フラクソンのペアの動きが数値シミュレーションで再現された。その結果、ペアの加速度が大きくなるにつれ、スイッチング電流の分布が低い電流値の方向へとずれていくことが確認された。システムの温度を変化させていないにもかかわらず、あたかも温度があるかのように見えるこのずれは、加速によって生じる量子の温もり、つまりアンルー効果が存在する確かな証拠になるとした。

  • 加速度に依存するスイッチング電流分布

    加速度に依存するスイッチング電流分布。シミュレーションの結果、観測器の加速度が増すと、分布は低電流側へシフトする。これは、アンルー効果により量子の温もりが上昇していることを示す(出所:広島大Webサイト)

今回の方法は、スイッチング電流のバラつきを詳細に分析することで、非常に高精度な温度測定が可能なところが優れる点だという。測定を増やすほど、わずかな温度変化も敏感に捉えられるようになる。また、従来の観測方法と異なり、連続的なエネルギー状態に対応できるため、より広範囲な状況でのアンルー効果の観測が期待されるとした。

今回明らかにされたフラクソンのペアの崩壊現象は、熱ゆらぎだけでなく、粒子が壁をすり抜ける「量子トンネル効果」も深く関係している。今後は、さまざまな崩壊のメカニズムを詳細に調べ、アンルー効果の検出にどのような影響があるのか、その違いを明確にしていく計画とした。また今回の成果は、他の量子現象とのつながりを探求する足がかりになるといい、宇宙の根源に隠された新たな物理法則の発見や、これまで想像もできなかった未来の量子センサ技術の開発へと、研究をさらに発展させていく方針としている。