現在、我が国も含め世界各国が国策として、AIの研究開発に注力している。これに伴い、AIの演算処理を行う半導体の需要が高まり、半導体企業の株価も軒並み急上昇している。半導体市場ではTSMCやNVIDIAが存在感を増しており、国内企業もこれらに追随したいところだ。
日本総合研究所がこのほど、「AI半導体技術の動向と展望 ~GPUから次世代チップへのシフト~」というテーマの下で行ったレクチャーをもとに、世界中で注目を集めるAI半導体の現状、課題、展望についてまとめてみたい。
4カ国が独占しているロジック半導体市場
今回、レクチャーを行ったのは先端技術ラボのアナリスト會田拓海氏だ。同ラボはSMBCグループの技術の目利き役として、先端技術の本質を追求し、デジタル社会における先進ビジネスを技術起点から牽引している。
半導体はデータの記憶や電圧変換などさまざまな用途で使われるが、AI演算の省電力化・高速化という観点では、ロジック半導体の開発競争が続いているという。
ロジック半導体は、米国・台湾企業、メモリ半導体は韓国企業が世界市場でシェアを占めており、日本企業は、パワー半導体、マイコン、イメージセンサーの分野で一定のシェアを獲得している。
特に、最先端の技術を用いた9nmプロセス以下のロジック半導体の生産拠点は、台湾、韓国、米国、アイルランドに限られている。アイルランドには1980年代からIntelが拠点を構えている。
開発が進む、次世代の半導体・演算装置
AI分野では、大規模かつ複雑なデータセットの利用、AI演算の需要の高まりなどから、処理速度の向上や生産コストの削減が期待されている。あわせて電力不足も懸念されており、AI演算の省電力化・高速化に向け、半導体の技術開発、非電子回路による演算環境の研究が行われている。
AIの演算処理に特化したチップはAIチップやAIアクセラレータと呼ばれる。AIチップとしてはデータセンター向けおよびモバイル向けNPUが、また、次世代のAIチップとしてはニューロモルフィックチップが開発されている。
次世代の演算用チップは、電子処理を行うものと非電子処理を行うものに分類できる。以下、それぞれについて整理してみよう。
電子処理:ASIC、ニューロモルフィックチップ
電子処理を行う、次世代の演算用チップには「AI特化のASIC」と「ニューロモルフィックチップ」がある。
ASIC
ASICは特定用途に特化してカスタム設計された回路。用途が特化されているため、CPUやGPUといった汎用型チップと異なり、不使用回路が存在しないため、消費電力が抑えられる。学習や推論を行うデータセンター向け、主に推論を行うモバイル端末向け(NPU)の開発が行われている。
データセンター向けのASICは大手ベンダーを中心に開発が行われているが、會田氏はGoogleの「Cloud TPU」を紹介した。同製品の開発は、画像向けのモデルが盛り上がっていた2013年ごろから本格化した。同社は1年に1回新しい世代を発表しており、今年は第7世代が発表された。
なお、データセンター向けASICの開発においては、珍しく国内企業としてPreferred Networksが参戦しているそうだ。
NPUは学習機能を持たない分、回路が小型かつ広帯域メモリが不要なため、SoCの一部品として搭載されるという。製造企業はTSMC一強で、垂直統合メーカーのインテルは工程が間に合わずTSMCに製造を委託しており、自社製造に課題が残るそうだ。この点から、「プロセスが細かい半導体を作ることの難しさが見て取れる」と會田氏は述べた。
ニューロモルフィックチップ
ニューロモルフィックチップは、脳構造を模倣した回路で構成され、アナログ信号の強弱を用いて演算を行う。アナログ信号の強弱を用いて演算を行い、必要な回路にのみ信号を伝達する仕組みを持つため、省電力かつ高速な処理が期待される。
「ニューロモルフィックチップは電気を流すことで結合の有無で信号を伝達できるため、リアルタイム処理に適している。電気を流すだけで計算できることから省電力が期待され、エッジデバイス、センサー、ロボットへの活用が見込まれている」(會田氏)
ただし、ニューロモルフィックチップに接続する際はデジタル信号とアナログ信号の変換が必要であり、変換処理時の電力消費や発熱、ソフトウェアの整備などが課題とされる。
非電子処理:光チップ、量子チップ、バイオプロセッサ
一方、電子処理と比べて高効率な演算環境を見据え、光や量子、バイオ技術を用いた研究開発も進んでいる。
光チップ
光チップは電子信号の代わりに光信号を用いて演算処理を行う。光導波路で信号を伝達して、発熱や損失を抑えるため、省電力・高速化が期待されるが、光の制御や回路の微細化が難しいという短所もある。
光チップは既存の電子ICと組み合わせる技術が一部実用化されているが、単体の利用は研究途上とのこと。
量子チップ
量子チップは、量子力学の原理を情報処理に応用して演算処理を行う。量子ビット数の増加と誤り抑制が課題であり、超伝導、半導体、イオントラップなど、いくつかの実現方式が研究されているが、実用化には少なくとも数年を要するという。
バイオプロセッサ
バイオプロセッサは人工多能性幹細胞(iPS細胞)を培養して創出した組織体を用いて演算を行う。電力効率が高いが、生体組織の寿命や倫理面で、既存の演算装置を置き換えるには大きな障壁があるそうだ。
半導体が抱える課題とその解決策
AIチップを含めた半導体は、その高性能化とともに消費電力の増大や微細化による性能向上の限界、設計・製造ベンダーの寡占が課題とされている。これらの解決に向け、さまざまな取り組みが行われている。
処理速度においては微細化による性能向上率が低下し、集積回路にみられるムーアの法則が崩れつつある。そのため、ASICの利用、ニューラルネットワークにおける量子化技術を用いた低精度ビットでの演算が進められている。
また、半導体の性能向上のため、チップレット化や多次元積層が進んでいることから、発熱量や電力量が増加している。會田氏によると、平面でプロセスの微細化が厳しくなっているため、チップレットにして縦方向に積んで性能を上げる傾向が進んでいるという。そのため、発熱・電力消費を抑える技術として、ニューロモルフィックチップや光チップなどの開発が行われている。
上述したように、9nmプロセス以下の先端ロジック半導体を設計・製造できる企業は一部の国・地域に偏在する。こうした寡占状態は、地政学リスクを伴い、半導体の供給が不安定になる恐れがある。こうしたリスクを回避するため、国内では製造技術をもつ半導体企業の工場を誘致しているほか、Rapidusを中心とした国家プロジェクトを推進している。
特定企業の寡占状態の解消に向け、どうするか
會田氏はソフトウェアを巡る寡占にも言及した。AI演算においてはコードを書く必要があるが、ここでソフトウェアが必要となる。現在、AI演算を支えるソフトウェアはNVIDIA製GPUのみに対応するCUDAが広く利用されていることから、GPUもNVIDIA製が使われる状況が生まれている。
こうした状況を打破するため、AMDやIntelがNVIDIA以外のプロセッサに対応するソフトウェア開発を主導しているが、「学習用のパッケージやツールの開発が進んでいない」「コミュニティが小さい」といった理由から、まだ利用者が少ないという。會田氏はこれらが解消されたら、「NVIDIA一強が解消されるのではないか」との見方を示した。
また、會田氏は半導体市場における課題として「TSMCへの依存の高さ」を指摘した。同氏はTSMCが半導体市場で幅を利かせている理由について、次のように説明した。
「TSMCのパッケージング技術は他社が追随できない高度な技術と言われているため、TSMCしか製造できない。また、プロセスが細かい、高性能が進んでいる半導体は設計が難しい。ここもTSMCのような高度な技術を持った企業でないと難しい状況にある」
TSMC以外に高度なプロセスを実現できる企業としてサムスンが期待されているが、同社が製造したという例は出てこないという。その理由について、會田氏は「発熱しすぎたり、性能が低下したりしてNVIDIAの認証が得られなかった。障壁がクリアになっていない」と説明した。TSMCの技術力を超えられる企業はなかなか出てこないというのが現状のようだ。
AI本格運用に向け求められる施策
最後に、會田氏はAIの本格運用に向けた推奨事項を紹介した。「AIによる生産性向上・付加価値の創出」「社会課題への取り組み」という目標の達成に向け、以下の事項が推奨される。
- 今後のAI活用方針を踏まえた検討
- 専門人材の確保
- 省電力な演算基盤の利用
- 最先端半導体の開発・製造に対する支援
會田氏は「AIチップごとに得意領域が異なり、既存のチップのほうがコストが低い領域もある。自社のアプリケーションにおいてAIチップ、AIアプリをどう使うかを設計段階からベンダーと協業が望ましい」と語っていた。


