弥生が大きな転換を図ろうとしている。2024年10月に社長兼CEOに就任した武藤健一郎氏は、新たなミッション、ビジョン、バリューを打ち出すとともに、2025年10月からは、製品別組織体制を本格的に稼働させる予定を示すなど、弥生の次の成長に向けた改革に余念がない。弥生は、どこに向かおうとしているのか。
前編では弥生NEXTシリーズの中核製品「弥生会計 Next」の動向や、同社が描く成長戦略などについて、同社 社長兼CEOの武藤健一郎氏の話を紹介した。後編では、弥生の変革への取り組みと、それによって目指す弥生の未来に関して聞いた。
弥生が掲げる新しいミッション
--社長兼CEOに就任し、新たなミッション、ビジョン、バリューを発表しました。かつては、中小企業の課題を解決する「事業コンシェルジュ」を目指すことが、弥生のビジョンでした。
武藤氏(以下、敬称略):「事業コンシェルジュ」は、とてもいい言葉で、お客さまにも伝わりやすいメッセージだと思います。
ただ、どちらかというと受け身であり、言われたことを受け止めて、それをこなしていくという印象があります。社内では、そこから一歩踏み出すべきだという考え方も出ていました。実は、私が入社する前から、新たなミッション、ビジョン、バリューの検討が進められていました。
その案を聞いて、まず社員たちに聞いたんですよ。「本当にこれをやりたいの?」と(笑)。言葉は格好いいけど、やる気がなかったら、それを達成することはできません。つまり、その言葉を掲げる意味がありません。
--掲げたミッションは「中小企業を元気にすることで、日本の好循環をつくる」ですね。弥生はどのような役割を果たすのですか?
武藤:たとえば「元気にする」というのはどういうことなのか。この言葉が持つ重みをしっかりと理解しなくてはなりません。また「日本の好循環をつくる」ためには、私たちが、どれぐらいの数の中小企業にアプローチしなくてはならないのか。それを、社員に何度も聞きました。その結果、社員たちがこのミッションに強い意思を持って取り組むことがわかり、それならばこれで行こうと決めたわけです。
ベースになるのは、業務や経営が円滑に進み、経営をやりやすくするためにサポートするという考え方です。それを実現するには、2つの要素があると思っています。1つは、AIを活用して自動化することです。経理に関わるオペレーションを簡素化し、負担を減らして迅速に処理を行えるようにすることで、中小企業の経営者は本業に関わる時間を増やすことができます。
もう1つは、経営判断のお手伝いをする役割です。先日、赤字が続いていたある弥生ユーザーが税理士の指導を受けて、弥生のデータをもとに、特定の指標の改善に集中して取り組んだのです。
すると、わずか6カ月で黒字転換することができました。弥生を使っていても、どのデータを、どう使ったらいいのか、どこに経営改善のポイントがあるのかといったことがわからない経営者が少なくありません。
弥生は、日本で一番、中小企業のバックオフィス業務を理解している企業です。言い換えれば、日本の中小企業を助けることができるチャンスを持った会社だといえます。弥生のデータをもとに、税理士などのアドバイスを通じて、経営の改善につなげられるようにすることが大切です。こうした取り組みが「中小企業を元気にする」ことにつながると思っています。
中小企業支援と「好循環」の実現に向けた戦略
--「日本の好循環をつくる」という点では、どんなことを考えていますか。
武藤:弥生は、数多くの中小企業に利用していただいています。しかし、現状にとどまらずに、もっと多くの方々に弥生を使っていただくことが大切です。これまでにも、地元商店街の店舗や、町工場といわれる中小規模の製造業、不動産業をはじめとした地域に根差したサービス会社など、さまざまな中小企業が弥生を利用しています。
ただ、これらのユーザーの多くが、弥生を使っていても、ITやDXを活用するための知識が少なく、次の一歩に踏み出せない状況にあります。中小企業のIT活用やDXをさらに促進していていかなくはなりません。
また、起業した会社に対しても、起業初期から成長フェーズに至るまでの事業サイクル全体を支援する体制を構築したり、他社と競合する領域においても、積極的にアプローチをしたりする必要があります。こうした取り組みによって弥生ユーザーを増やし、日本の好循環をつくるためのベースを広げていきたいと思っています。
--掲げたミッションは、中小企業に向けたメッセージと捉えていいですか。
武藤:もちろんそうですが、このメッセージを一番届けたいのは、私たちの重要なパートナーである会計事務所です。会計事務所の先生が、中小企業の経理業務をデジタル化して、中小企業を元気にする最前線にいるわけですから、一緒になってミッションの実現に取り組みたいですね。
会計事務所では顧問先から届いた封筒を開けて書類をスキャンして、それが正しいかどうかといった手作業に追われています。これを自動化するといったところにも貢献したいです。
一方で、私たちの営業部門も変わっていかなくてはなりません。たとえば、お客さまが「今年は予算がないので、新たなツールの導入は来年考えます」といった場合に「そうですね、では来年にしましょう」という話になってしまっては、お客さまの改革のスピードが落ちますし、会計事務所の改革のスピードも落ち、それに伴い私たちのスピードも落ちてしまいます。
私たちの営業部門も意識を変えて、会計事務所の先生と一緒になって「今年、やらなくてはダメです」とお客さまに提案することが、中小企業を元気にする近道です。中小企業を元気にし、日本の好循環をつくるためには、私たちがいまなにをすべきかということを考え、それを会計事務所とともに推進していたいですね。
AI時代における弥生の課題と組織改革の方向性
--弥生の課題はどのようなものだと考えていますか。
武藤:弥生はシリーズ累計の登録ユーザー数が350万を突破し、デスクトップ製品としてはトップシェアの実績を誇っていますが、クラウドでは出遅れたという反省があります。
一方で、新たなトレンドとして、AIが注目を集めています。AIによって会計ソフトは大きく変化します。ここで、弥生が出遅れることは許されません。必ず市場をリードしなくてはなりません。
また、AIの時代になり、これまでのようにすべてを自社で開発するのではなく、世界中にある「いいもの」を集めてきて、それを中小企業に渡すことができる「チャネル」としての役割を、弥生が果たすこともできると思っています。弥生自らが発想を転換していくことが必要です。
さらに、弥生自身がAIを活用し、AIを知りつくすことも大切です。すでに、AIを全社員に渡して日常の仕事の仕方を変えたり、コールセンターでの対応にもAIを活用したりといったことにも取り組んでいきます。
私は「中小企業を元気にすることで、日本の好循環をつくる」というミッションを実行するうえで、弥生そのものを大きく変えなくてはならないと考えています。
--具体的にはどのようなことに取り組みますか。
武藤:これまで以上に製品開発のスピードを高め、市場変化に柔軟に対応していくための文化の醸成です。そのためには、人事的な施策を取り入れることも必要であり、具体的な取り組みの1つとして、大幅な組織変更に踏み出します。一言でいえば、事業部制の導入です。
いまは移行期間であり、2025年10月から新体制を本格的にスタートします。デスクトップ製品の「弥生会計」と、クラウドネイティブで開発した「弥生会計 Next」は、市場は似ていますが、実際にはユーザー層が異なりますし、競合する企業、戦い方も異なります。
特に、弥生Nextシリーズによる新たな製品は、これまでの開発や販売方法にとらわれず、働き方を変え、マインドセットや意識、文化を変えていく必要があります。そこで、製品ごとの事業部体制に組織を変更したのです。
「事業部制」の導入と3つのビジネスユニット
--新たな組織体制について教えてください。
武藤:1つ目がNEXTビジネスユニットです。ここでは、弥生会計 Nextなどの新たな製品を担当することになります。2つ目が、Hybrid Solutionビジネスユニットで、主力となるデスクトップ製品をメインとし、同製品におけるクラウド対応なども図っていきます。
そして、3つ目がInnovation Xビジネスユニットです。いわば新規事業や付加価値領域を担当する事業部門です。FinTechや会計事務所向けサービス、情報提供型サービス、製品を横断し、共通で利用する経営支援機能などで構成しています。
また、文化を変えるには、組織を変えるだけでなく、期待値を明確にすることが重要です。そこで、3つの指針を示しました。
--それは、どのような内容ですか。
武藤:新たなことを受け入れ、自らが学び、新たなアイデアにつなげる「Be Open」、常に次のレベルの働き方を目指し、自らを高めていく「Be Challenging」、そして必ず結果を出し、それが評価される「Be Professional」の3点です。
これまでの弥生では、頑張ったことが評価されましたが、頑張っているのは競合他社も同じです。今後は、しっかりと結果を残すことを評価していきます。また、社員同士がフィードバックする仕組みを導入し、いいことも、悪いこともお互いに言うことができ、360度で評価しあう環境を作ります。
さらに、社員を育成するための仕組みも積極的に取り入れていきます。タレントマネジメントやキャリアマネジメントといった観点からも、社員が弥生で働くことで成長でき、次のステップを目指してもらえるような仕組みを導入します。
長年、弥生で働いていても、それが個人の成長につながらなくては意味がありません。なかには、弥生から飛び出した方が成長できる人もいます。また、これから弥生が大きく変化するなかで、昔のままの弥生の方がいいという人には、働きにくい会社になってしまう可能性もあります。
そこで、社員全員に自らのキャリアを改めて考えもらうことにしました。キャリア面談を行うとともに、転身支援制度を新たに用意して、転身する社員には外部コンサルタントによるサポートも行います。
弥生に残るのならば、自分で意思を持って残ってもらいたい。そして、「中小企業を元気にすることで、日本の好循環をつくる」というミッションを一緒になって達成して欲しいということを、すべての社員と話をしました。こうした話し合いを行い、そこから新たな組織がスタートすることになります。
--大胆な改革を推進するなかで、こだわっていることはありますか。
武藤:今までお話してきたように、私が重視しているのは、社員に対する期待値を明確にして、そこに評価や報酬をつなげていくということです。私は、マッキンゼーやGoogleに務めた経験があります。いずれも、期待値が明確であり、そこに評価や報酬が連動しています。
たとえば、マッキンゼーのプロフェッショナルは社長並みの給与をもらっています。社長のアドバイザーとして、どんな生き方をしているのかを知り、その目線でアドバイスをすることが求められます。プロフェッショナルという仕事に対する期待値が明確に示され、それに合わせた評価や報酬が示されているわけです。
また、企業が持つ価値観を明確にする必要があると思っています。私は、今でも黒の長い靴下を履いています。これは、マッキンゼーで教えられたことであり、服装が規定されていました。それがマッキンゼーの価値観だからです。
しかし、Googleの場合には逆で裸でなければどのような服装をしていてもいい(笑)、そのかわりに期待値に対する価値をしっかり出すという文化であり、そこにGoogleならではの価値観があります。弥生という会社は、社員や入社してくる人達に何を期待しているのか--。こうしたことを明確にすることにこだわります。
人材育成・評価制度の刷新と企業文化の変革
--ここまでの改革をする必要が弥生にはあるのでしょうか。そして、改革しなくてはならない危機感のベースはどこにあるのでしょうか。
武藤:最大の危機感はAIです。私は、AIによって代替される可能性が高い業務の1つがバックオフィスだと思っています。それならば早くAI化してしまう方が、中小企業も喜ぶのではないかと……。
最初は、AIが普及すれば弥生はなくなってしまうかもしれないという危機感がありました。ただ、よく考えてみると、AIによって弥生の形は変わるかもしれないが、弥生ならではの価値を提供できる部分が数多くあると思ったのです。
中小企業こそ、AIが必要なのに中小企業の経営者は「うちは、デジタルのことはよくわかないから」といいます。そうした経営者たちが、知らないうちに、自然とAIを使い始めていて「なんだか便利になったねぇ」という状況を作ることができるのは、弥生だからこそできる部分だと考えています。
そのためには、いまから組織を変えなくてはなりませんし、社員の意識も変えなくてはなりません。これまでのやり方では、AI時代に弥生は生き残れないというのが、危機感のベースです。製品ごとに組織を分けたのも、AIの取り入れ方が異なるという側面があります。
クラウドネイティブの弥生NEXTでは、積極的にAIを取り入れる一方で、デスクトップ製品の弥生では、お客さまが知らないうちにAIを使っているというアプローチが必要だと思っています。弥生にとって、AIは危機感を持たざるを得ない動きではあるのですが、その一方で大きなチャンスでもあります。それは、コインの裏表のような関係だと思っています。
--AIに対する投資はどの程度の規模を想定していますか。
武藤:今は社内ツールやコールセンターでのAI活用への投資、AI人材の採用・育成への投資、AIに関する研究開発への投資、製品に搭載するAIへの投資などがありますが、これがバラバラになっています。
これからAIへの投資額は、全体でどれの程度なのか?といったことをまとめて捉える必要があります。
また、研究開発部門ではAI人材が独自に論文を発表するといった事例もあり、こうした分野にも積極的に投資をしていきます。全体像を捉えながら、さらに活用していくのかを見極めていきます。
AI投資・M&A戦略と2030年に向けた弥生の未来像
--昨今では、出資やM&Aも積極化しています。
武藤:2025年5月以降だけでもかなりの件数があります。福利厚生サービスを提供するLeafeaに出資し、共同開発を進めて弥生Nextシリーズとの連携も図るほか、経費精算サービスを提供するMiletosに追加出資し、持分法適応会社にしました。
さらに、与信管理サービスを提供するアラームボックスをグループ会社化し、共同開発や新規プロダクトの開発などに取り組み、FinTechサービスの機能強化を図ります。
また、8月には創業手帳を完全子会社化し、起業家向けに支援サービスを強化します。こうした出資やM&Aの取り組みはこれからも加速していきます。
--これから5年後、2030年の弥生はどのような企業になっているのでしょうか。
武藤:弥生は、これまで蓄積したさまざまなデータを活用し、AIをはじめとしたテクノロジーと掛け合わせることで、半歩先を見据えた価値提供で中小企業の道筋を照らす存在を目指しています。これから大きく変化していくことになります。
2025年4月には、新たなコーポレートスローガンとして「この社会に、挑戦の循環を。」を制定しました。「中小企業を元気にすることで、日本の好循環をつくる。」というミッションに込めた思いを凝縮し、反映したもので、弥生のお客さまである中小企業に限らず、従業員、取引先など、すべてのステークホルダーに向けたメッセージでもあります。
ここで示したように、常に「挑戦」を忘れない企業であり、挑戦が新たな挑戦を呼び、個人や企業、日本全体に前向きなエネルギーが循環していくことを支える存在になりたいと思っています。



