岡山理科大学と足寄動物化石博物館の両者は、北海道釧路市阿寒町で1996〜2000年にかけて発見された化石を再調査した結果、絶滅した海棲ほ乳類「束柱目」(そくちゅうもく)の仲間である「パレオパラドキシア」と、日本初の発見となる「ネオパラドキシア」であることを明らかにしたと、8月1日に共同発表した。

  • 今回の研究で報告されたネオパラドキシア(左)とパレオパラドキシア(右)の復元図
    (C)新村龍也&足寄動物化石博物館
    (出所:岡山理科大ニュースリリースPDF)

さらに、今回の発見をもとに束柱目全体の種の多様性の変遷を解析したところ、過去の気候変動に対応する3つの大きな転換期があったことも併せて発表された。

同成果は、岡山理科大の浅井勇馬学部生(現・筑波大学大学院生)、同・林昭次准教授、足寄動物化石博物館の安藤達郎館長、同・澤村寛特任学芸員らの共同研究チームによるもの。詳細は、オンライン学術誌「Peer J」内の古生物学の論文を専門に扱う部門「Peer J Paleontology and Evolutionary Science」に掲載された。

束柱目はすでに絶滅した海棲ほ乳類の一群で、かつては環太平洋地域に広く分布していた。主に、パレオパラドキシア科とデスモスチルス科の2系統に分類され、日本では岐阜県や埼玉県をはじめとする各地で化石が見つかっている。北海道釧路市阿寒町でも、1996年から2000年にかけて実施された「阿寒動物化石群調査」により、多数の束柱目化石が発見された。そこで研究チームは今回、その中から頭蓋骨(頭の骨)標本3点に着目し、近年の分類学的知見の進展を踏まえた再同定を行うことにした。

3点の標本は、これまですべてがパレオパラドキシアとされていたが、その形態を詳細に再検討。その結果、2点は従来通りパレオパラドキシアだったが、残る1点はネオパラドキシアに分類されることが確認された。

ネオパラドキシアはパレオパラドキシアに類似しつつも、より大型で独自の形態的特徴を持つ属で、従来は北米地域でのみ知られていた。今回の発見は、日本国内におけるネオパラドキシアの初記録にあたる。加えて、異なる2種のパレオパラドキシア科が同一産地から発見された世界初の事例としても注目されるとのこと。

  • (A)パレオパラドキシアの後頭部の標本。(B)パレオパラドキシアの下顎の標本。(C)ネオパラドキシアの後頭部の標本(足寄動物化石博物館所蔵)
    (出所:岡山理科大ニュースリリースPDF)

さらに今回は、束柱目全体の地質時代における種多様性の推移も解析され、地球規模の気候変動と密接に関係する3つの主要な転換期が明らかにされた。それは、約2,300万年前の寒冷期、約1,500万年前の温暖期、そして約1,400万年前以降の寒冷化の時期の3つだ。

約2,300万年前の寒冷期には、パレオパラドキシア科とデスモスチルス科のうち、後者が優勢だったことが確かめられた。この時期は、海流の変化など、海洋環境の急激な転換が知られており、デスモスチルス科はこの変化に適応し、繁栄したことが考えられるという。

続いて、約1,500万年前の温暖期にはパレオパラドキシア科の多様性が高まり、浅海域を中心に広範に分布・繁栄していたことが示された。今回の標本もこの時代の地層から産出しており、当時の生態系における繁栄の証拠といえるとした。

  • 束柱目の種多様性の時系列変化。気候変動の青色は寒冷期を、赤色は温暖期を示す。(A)パレオパラドキシア科の種数の時系列変化。約1,500万年前の温暖期(▼)に種多様性のピークが示されている。(B)デスモスチルス科の種数の時系列変化。約2,300万年前の寒冷期(▼)に種多様性のピークに達している
    (出所:岡山理科大ニュースリリースPDF)

そして、最も新しい約1,400万年前以降の寒冷化が進行した時期。この時代に束柱目全体の種数は急減し、最終的には絶滅に至ったことが突き止められた。この寒冷化はそれまでのものよりも急激かつ深刻で、束柱目が環境に適応できなかった可能性が高いとする。さらに、同時期に台頭したマナティーやジュゴンなどのカイギュウ目との生態的競合も、絶滅の一因となった可能性があるとした。

今回の研究は、束柱目という独自の進化を遂げた海棲ほ乳類の繁栄と絶滅の背景に、過去の気候変動が強く関与していたことを初めて科学的に示した成果だ。これにより、今後の海棲ほ乳類の進化史や気候変動による生物多様性の変遷に関する研究に、新たな視点を提供する可能性があるとしている。