理化学研究所(理研)、東京大学(東大)、東北公益文科大学、神戸大学の4者は7月2日、深層学習による超新星爆発の複雑な物理過程を予測する「サロゲート・モデル」を開発し、それを「銀河形成シミュレーションコード」に統合することに成功して、計算時間を従来比で4分の1となる2か月まで短縮したと共同で発表した。

  • 矮小銀河シミュレーションにおけるガスと星の分布

    矮小銀河シミュレーションにおけるガスと星の分布。(c)平島 敬也(出所:理研Webサイト)

同成果は、理研 数理創造研究センター 数理基礎部門の平島敬也 基礎科学特別研究員、東大大学院 理学系研究科の藤井通子准教授、同・森脇可奈助教、東北公益文科大 公益学部 公益学科の平居悠講師、神戸大大学院 理学研究科の斎藤貴之准教授、同・牧野淳一郎特命教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

深層学習で短期間での高解像度の解析を可能に

銀河は主にダークマター、星、ガスという3つの主要成分で構成され、これらが相互作用することで複雑な形成・進化プロセスをたどる。特に超新星爆発で放出される膨大なエネルギーは、周囲のガスを加熱・かく乱する超新星フィードバックを介し、銀河進化に大きな影響を与える。

  • 銀河内でのガス循環の様子

    銀河内でのガス循環の様子。銀河内の冷たく高密度な領域で星が誕生し、そのうちの大質量星は短時間で超新星爆発に至る。それにより、酸素や炭素など、生命の起源に関わる元素が放出され、銀河全体の金属量(重元素の量)を増加させる。さらに、超新星爆発の莫大なエネルギーは、銀河外へのガスのアウトフローや、銀河内のガスの乱流を引き起こし、星間物質の循環を駆動する重要なエンジンとして機能している。背景画像:(c) The Hubble Heritage Team (AURA/STScI/NASA)/星形成領域の画像:(c) NASA、ESA、CSA、and STScI(出所:理研Webサイト)

こうした複雑な相互作用の解析には、これまで数値シミュレーションが用いられてきた。しかし、約10万光年の銀河スケールにおいて、個々の星々や、約100光年規模の超新星爆発の非常に詳細な影響までを計算するのは、計算時間や効率の点で従来シミュレーションでは現実的に困難だった。そこで研究チームは今回、AIを活用した新たなシミュレーション手法の開発に取り組んだという。

今回の研究では、超新星爆発が銀河全体の進化に与える影響について、数値シミュレーションによる解析が試みられた。従来の銀河シミュレーションではボトルネック回避のため、超新星爆発のモデル化に物理的仮定で計算を簡略化した「サブグリッド・モデル」が利用されてきた。だが同モデルは温度や運動量などの統計量はよく再現できる一方、球対称などを仮定するため、詳細な非一様なガスの相互作用などが無視される課題があった。

それに対し今回の研究では、星形成領域の非一様なガスの分布や高密度ガスのフィラメントの影響を考慮し、深層学習により超新星爆発の物理過程を高速・正確に予測する新たなサロゲート・モデルを開発。同モデルには、画像処理のための深層学習モデルが応用され、超新星爆発による衝撃波と周辺ガスの相互作用の三次元シミュレーション結果が学習データとして利用された。

銀河に対して非常に小さな物理スケールである超新星爆発の発生後に起きるガスの密度・温度・速度場の変化を正確に計算するのは、計算効率の悪化を招くため、銀河全体のシミュレーションと同時の実行はこれまで不可能だった。今回のAIサロゲート・モデルは、この変化プロセスを約1秒以内という極めて短時間で予測でき、従来の手法に比べ100倍以上の高速化が達成された。

  • AIを統合した新しいシミュレーションコードのフレームワーク

    今回開発されたAIを統合した新しいシミュレーションコードのフレームワーク。銀河シミュレーション中で発生する多数の超新星のうち、特に高密度領域での爆発のみを検出し、別の計算ノード(pool node)へ送信。そこでAIサロゲート・モデルが未来の状態を高速予測し、その結果をmain nodeへ返送して取り込むことで、従来の逐次的な高解像度計算に比べて最大20倍程度の高速化が実現された。銀河の画像:(c) NASA/JPL-Caltech/R. Hurt(SSC/Caltech(出所:神戸大Webサイト)

また研究チームは、今回のAIサロゲート・モデルの、従来の大規模銀河シミュレーションへの統合にも成功したとのこと。計算負荷の高い高密度領域での超新星爆発にのみAIサロゲート・モデルを適用することで、個々の星々を直接扱えるほどの高解像度シミュレーションが実現された。これにより、各星が引き起こす超新星爆発や超新星フィードバックの影響も個別に再現・解析可能となる。その結果、計算時間は従来の約4分の1となる約2か月分にまで短縮された。またAIを用いても、超新星爆発によるガスのバブル構造の形成が確認された。

  • 銀河シミュレーション開始1億年後のスナップショット

    従来の数値シミュレーション(左)と今回のAIサロゲート・モデルを用いた手法(右)による、銀河シミュレーション開始1億年後のスナップショット。いずれも銀河円盤のガスの柱密度(視線方向に沿って積分された単位面積当たりの物質の質量)分布が色で表されている。AIを用いた右図でも、左図に見られるような超新星爆発による大規模なバブル構造が再現されており、新手法の妥当性が確認できる。(c)平島 敬也(出所:神戸大Webサイト)

また矮小銀河の初期条件モデルを用いて、今回の方式と従来のさまざまな方式の結果を比較した結果、これまで示唆されてきた通り、超新星爆発で加熱された超音速のガスのみが銀河の外側までアウトフローとして銀河外まで噴き出す様子が再現された。これにより、AIサロゲート・モデルを利用した場合でも、バブルの生成や星形成の抑制、アウトフローの駆動など、超新星爆発による銀河内ガス循環の駆動がよく再現され、高速化と精度の両立が可能であることが実証されたとした。

今回の研究により、従来は現実的な計算時間では困難とされてきた、1つ1つの星を直接扱う“star-by-star(星ごと)”の高分解能銀河シミュレーションが可能になった。研究チームは現在は、今回の矮小銀河の約100倍の質量を持つ、天の川銀河と同程度のサイズの銀河へと対象を広げ、同様のシミュレーションを進めているとしており、これにより天の川銀河において、星の質量ごとにの運動の違いや、生成・放出される元素の種類・量の違いなどをより詳細に捉えることが可能になるとする。

今後は、シミュレーション内で太陽に近い質量や元素組成を持つ星を特定し、観測データとのより精密な比較を通じて、天の川銀河の化学的かつ力学的な進化の理解が一層進むことが期待されるとしている。