東北大学は6月25日、父・母・子からなる「親子トリオ」の脳MRI画像を用いて、子の脳のどの部分が両親のどちらに似ているのかを詳細に調べた結果、子の脳には「父親のみに似る部分」「母親のみに似る部分」「両親に似る部分」「どちらにも似ない部分」が存在すると共に、これらの構成が子の性別で異なることを発見したと発表した。
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研究成果の概要。脳のMRI画像から得られる脳回指数、表面積、皮質厚、皮質下体積などの特徴量を用い、親子の脳領域の類似性が詳細に調査された。息子と娘それぞれに、父親のみ、母親のみ、両親双方に似る領域と、どちらにも似ない領域があることが発見された。これは、先行研究の多くが母子中心だったのに対し、「親子トリオ」に着眼したことで得られた新知見である。分析では脳の左半球にも類似性が確認されたが、簡略化のため右半球のみが表示されている(出所:東北大プレスリリースPDF)
同成果は、東北大 学際科学フロンティア研究所の松平泉助教、東北大大学院 医学系研究科の山口涼大学院生(日本学術振興会特別研究員)、東北大 加齢医学研究所の瀧靖之教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。
親から子へ思考や行動が受け継がれているように見える現象は「世代間伝達」と呼ばれ、遺伝的と環境的の両要因が関与すると考えられている。しかし、その具体的な仕組みは不明だ。研究チームはその解明に向け、脳の特徴量における親子の類似性に着目。脳の各領域における類似性を特定し、その発達への影響を解き明かすことが、世代間伝達の仕組みを理解する鍵となるという。
しかし、これまでの親子の脳の類似性研究には、大きな課題があった。先行研究の多くは母子に焦点を当て、父親を含めた検討が不十分な状態だったのだ。これでは、世代間伝達の仕組みが解明されても、それが本当に母子間と父子間で共通の仕組みなのか判断できない。データが母子に偏る背景には、父親の調査参加を促す難しさがある。そのため、父子間と母子間の脳の類似性を均等に詳しく調べる研究が求められていた。
こうした背景から、研究チームは2020年、仙台市近郊の住民の協力のもと、父母と子からなる「親子トリオ」を対象とした脳科学研究プロジェクト「家族の脳科学」を開始。これまでに289組の親子トリオの脳MRI画像などが収集された。そこで今回の研究では、同プロジェクトの参加者のうち、高校生以上の子と父母で構成されるトリオ152組のデータを用いて分析したという。
“脳の特徴量”とは、MRIのT1強調画像から算出される、脳の形態的・構造的な情報のことだ。具体的には、大脳皮質の厚み(脳の軟膜から皮質表面までの距離)、表面積(大脳皮質の広がり)、脳回指数(脳のシワの複雑さ)、皮質下構造の体積(大脳皮質下部の海馬や扁桃体などの領域の体積)の4種類である。
脳の類似性は、これら特徴量の相関係数で評価される。相関係数は、2つの変数の関係の強さを示し、絶対値が1に近いほど関係が強い。研究では、親のデータをランダムに並び替え、「子と他人の親」のペアセットが1000通り作成された。親子間の相関係数が「子と他人の親」のそれよりも統計的に有意に大きければ、親子の脳は「似ている」と判断される。この手順で、子の脳のどの領域の特徴量が、両親のどちらに似ているのか、性別ごとに詳細に分析された。
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親子の脳の類似性の評価手順。海外の先行研究にならい、親子の脳の類似性が評価された。具体的には、「子と他人の親」のペアのセットを1000回作成し、それぞれで相関係数を算出。その後、z変換(相関係数を正規分布に従う変数に変換)、平均化、逆変換(z変換値を元の相関係数に戻すこと)の手順を経て、「他人同士の平均類似度」が算出された(出所:東北大プレスリリースPDF)
その分析の結果、子の脳には父親のみ、母親のみ、両親双方に似る領域と、どちらにも似ない領域が存在することが判明。さらに、これらのパターンは、子どもの性別や特徴量の種類によって異なることも確認された。つまり、親子の脳の類似性は、「父と息子」「母と娘」など、親子の性別の組み合わせによって異なることが明らかになったのである。
この結果は、個々の脳領域の発達に影響する要因を推測する基盤になるという。例えば、「父と息子で似る領域」の発達には、両者が共有する遺伝子や環境が関与する可能性が示唆される。他の組み合わせ(父と娘、母と息子、母と娘)についても同様に推測できるとした。一方、「どちらにも似ない領域」の発達は、家庭外で環境からの強い影響が考えられるとする。
研究チームは今後、これらの推測を検証し、「なぜ親子で脳が似るのか」「なぜ性別によって似方が異なるのか」「脳が似ていることと世代間伝達はどう関係するか」といった問いの解明を進めていくという。また今回の研究の発展は、親子間の精神的な不調の連鎖を断ち切るための新たな治療法や、適応的な特性・複雑な技能の継承を促す新技術の開発につながる可能性を秘めるとする。今回の研究が、人々の精神的健康に世代を超えた支援を提供する、新しい脳科学の出発点となることが期待されるとしている。