京都大学(京大)は6月19日、国内外の望遠鏡連携観測を通じ、潮汐破壊現象(TDE)「AT2023clx」の詳細な観測により、TDEに伴うガスの噴出方向と銀河中心環境が空間的に直交する特異な幾何構造を明らかにしたと発表した。
同成果は、京大 理学研究科の宇野孔起研究員、同・前田啓一教授らの研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
宇宙の大半の銀河中心には、天の川銀河の「いて座A*(エースター)」のような、太陽質量の数百万倍~100億倍もの超大質量ブラックホール(SMBH)が鎮座する。恒星がそれに接近すると、強い重力による潮汐力で引き裂かれ、ガスがSMBHへ落ち込む。その際、銀河そのものに匹敵するほど突発的に明るく輝くTDEが生じるが、その発生頻度は超新星爆発の約1000分の1と極めて稀だ。SMBHやその周辺環境、また銀河中心における恒星集団の進化などを理解する上で、この稀な現象の早期発見と詳細観測は極めて重要である。
TDEの観測が困難な理由の1つは、他のSMBHの活動と混同しやすい点にある。例えば、銀河中心のSMBHに膨大な物質が落ち込み、極めて明るく輝く「活動銀河核」はTDEとの区別は難しく、これまでの多くの観測は活動銀河核を持つ銀河をTDE探索から除外してきた。そのため、活動銀河核とTDEの関係性も十分に解明されていないのが現状だ。さらに近年は、両者の性質を併せ持つ「Ambiguous Nuclear Transient(ANT)」という新たな活動現象も報告され、その様相は一層複雑になっている。
2023年2月22日、地球から約1億6300万光年彼方の銀河「NGC3799」の中心で、急激な増光現象のAT2023clxが発見された。研究チームは京大のせいめい望遠鏡で観測し、TDEであることを同定。特筆すべきは、このTDEが「低電離中心核輝線領域」と呼ばれる“弱い”活動銀河核とされる銀河で生じた点だ。このTDEの性質の解明は、謎の多い活動銀河核とTDEの関係の解明につながるため、研究チームは国立天文台のすばる望遠鏡や、スペイン・ラパルマ島の北欧光学望遠鏡(NOT)などを用いた国際的な追跡観測を実施したという。
またすばる望遠鏡では、偏光分光観測が行われた。通常、TDEは遠方で発生するため暗く、その観測は困難を極める。これまでも数例の偏光分光観測はあったものの、1現象につき1回が限度だった。しかし、今回のTDEは観測史上最も近傍で生じたため、見かけ上明るかったとのこと。この好条件により、TDEの明るさの変化を追って、高精度の偏光分光観測を3回も実施できたとする。
1度目と2度目の観測結果から、偏光を特徴づける光の主要な振動面の角度が90度変化していることが判明した。この振る舞いは、1度目の偏光を形成したTDEによるSMBHからの質量噴出の方向と、2度目の偏光を形成したSMBH周辺の塵トーラスの方向が幾何学的に90度直交するという予想外の構造を示唆しているとした。このような特徴的な偏光の振る舞いは、過去のTDEでは観測されていなかったという。
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AT2023clxの発見前(Pan-STARRS)と発見後(せいめい望遠鏡/TriCCS)の画像、および銀河中心領域のイメージ。塵トーラスの方向から接近した星(青)が破壊されることで、塵トーラスとSMBHからのガスの噴出方向が直交する。もし塵トーラスの方向外からの場合(赤)は、塵の構造とガス噴出方向は直交しない。(せいめい望遠鏡観測画像提供:京大岡山天文台/TriCCS)(出所:京大プレスリリースPDF)
この90度の直交配置は、SMBHに壊された星が、SMBH周囲の塵トーラスの方向から接近したことを示唆する。通常、銀河中心の星の運動はランダムとされる。しかし、今回のTDEが発生した銀河が弱い活動銀河核を持つ点を考慮すると、TDEで壊された星が塵トーラスの中で形成されたか、活動銀河核の降着円盤とSMBH周囲の星が相互作用により、星の軌道が降着円盤方向に強制的に揃えられた可能性が考えられるとした。
また、今回のTDEは純粋なTDEではなく、降着円盤の活動現象を観測している可能性も指摘されている。これらの可能性は、未解明なTDEと活動銀河核の関係性、さらにはANTのメカニズムに迫る重要な手がかりとして期待されるとする。
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偏光分光観測の結果。偏光の特徴量であるQとUからなる平面上に、各波長ごとの偏光観測点が示されている。この図では、Qの正方向から測った角度の2倍が偏光の振動面の角度として表される。1度目と2度目の観測でデータ点の角度が約180度変化しているため、偏光の振動面の角度が90度変化しているとわかる(出所:京大プレスリリースPDF)
これまで、降着円盤や塵トーラスを持つ活動銀河核においては、それらが銀河中心の星の軌道に影響を与え、TDEの発生確率が上昇すると理論的に提示されていたが、具体的な観測例はなかった。今回のTDEがSMBH周辺の塵トーラスの影響を受けた可能性が示されたことは、TDE発生に関するこの理論を裏付ける証拠になり得るという。
また今回の成果は、TDEを銀河中心の環境を照らす“灯台”として利用できる可能性を示唆するものとする。TDEのように突発的に銀河中心を内側から照らす光源が発生すると、その周辺環境が偏光情報として地球に届く。これにより、空間的に分解できない銀河中心のSMBH周辺環境の調査が可能になるとしている。