東京理科大学は、色素増感型太陽電池を応用して脳のシナプスを模倣し、外部からの光刺激に応じて、過去の情報を保持しながら出力特性が穏やかに変化する特徴を持った“新しい光電子デバイス”の開発に成功したと6月2日に発表した。

  • 今回開発された光電子デバイスを物理リザバー計算システム(PRCシステム)の一部として用い、色分けされた人間の動きを分類するタスクの実行結果
    (出所:理科大Webサイト)

同成果は、理科大大学院 先進工学研究科 電子システム工学専攻の小松裕明大学院生、同・細田乃梨花大学院生(研究当時)、理科大 先進工学部 電子システム工学科の生野孝准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

近年、多くの分野で映像情報を基にリアルタイムで状況判断などを行う「マシンビジョン技術」の高性能化が求められている。しかし、従来のシステムは、大容量の映像データをメモリに蓄積し、プロセッサで処理・解析するという工程を経るため、高い消費電力、データ転送負荷、応答速度の制約といった課題を抱えていた。特に、末端のセンサ部(エッジデバイス)でのリアルタイム処理には限界があった。

そこで注目されるのが、脳のシナプスのように入力に対して記憶的に応答しながら信号処理を行う「人工シナプス」型デバイスだ。なかでも、光刺激に応答して電気信号を生成する「光電子人工シナプス」は、視覚情報の取得とその場での処理を一体化できることから期待されている。しかし現状では、外部電源の必要性、出力信号の弱さ、色の識別性能も限定性など、複数の技術的課題が残されていた。

そこで研究チームは今回、色素増感型太陽電池(DSSC)をベースに自己発電機能を持ち、色に応じた出力変化を行う新しい光電子デバイスを開発することにしたという。

DSSCは、光の波長を選択的に吸収する色素分子と電気的に応答する半導体材料を組み合わせ、光エネルギーを電気エネルギーに変換する。一般的な光電子デバイスと異なり、自己発電が可能で、外部電源を必要とせず、エッジデバイスでの利用に適する。

さらに、DSSCは光強度だけでなく光の波長に対しても高い感度を示し、色識別能力にも優れる。今回の研究ではこの性質に着目し、450nm付近(青色領域)で正の電圧応答を示す「D131」と、600nm付近(赤色領域)で負の電圧応答を示す「SQ2」という、2種類の色素を用いたDSSCが組み合わされた。これにより、青から赤までの可視光スペクトルに対し、連続的かつ波長依存性のある出力応答を実現。このような特性は、光の入力に対して時系列的な応答が得られる「シナプス的なふるまい」を示す点でも注目されるとした。

このデバイスの性能評価は、「物理リザバーコンピューティング」(PRC)のフレームワークを用いて行われた。PRCは、非線形性や履歴性などの物理現象を演算資源として利用し、入力信号を高次元空間にマッピングして処理する手法だ。イメージとしては、水に投げ入れた石が入力信号、波紋の干渉がリザバーで、波紋を通じて得た出力を読み出すときにAI学習モデルが行われ、結果を出力する。

今回の研究では、入力にさまざまな波長の光パルスを与え、DSSCデバイスがリザバー層としてそれを処理し、最終的な分類・認識は単純な出力層(線形回帰やニューラルネットワーク)で行う構成で、実験として3つの代表的なタスクが行われた。

まず、光のオン/オフパターンを用いた符号認識タスクでは、最大6ビットの光パルスパターンを正しく分類できることが確認された。次に、異なる波長の光による論理演算(AND、OR、XOR)がデバイス出力により実現された。さらに、青・赤・緑の光応答特性を活用し、色の組み合わせでジャンプなどのヒトの動作をコード化・分類するタスクに挑戦し、82%の精度で識別できたとする。

以上の結果から、今回開発されたDSSCベースの光電子シナプスは、色識別能力と自己発電機能を兼ね備え、PRCのリザバー層として機能することが示された。これは、次世代マシンビジョンの中核を担う超省電力・高機能なエッジAIシステムの実現に向けた重要な一歩となるとした。

今回のような小型デバイスの登場は、次世代マシンビジョンシステムの高度化を加速することが期待される。特に、ヒトの視覚に近い高分解能な色識別機能を活かした応用として、自動運転車における周辺環境の即時認識、省電力で動作するウェアラブル生体センシングデバイス、小型の認識モジュールを組み込んだロボティクスシステムなどが見込まれる。

さらに、今回のデバイスは、マシンビジョンにとどまらず、PRCのリザバー層としても機能することから高い汎用性を持つ。色素による波長選択性と時間的応答特性を融合させることで、高分解能な色識別と論理演算を同時に実行可能であることも今回のデバイスの大きな特徴であり、将来的に比較認識を含む低消費電力型AIシステムの中核技術としての応用が期待されるとしている。