これまで約70年間、多くの原子核の形状は、ラグビーボールのような「軸対称変形」の楕円体(3つの断面のひとつは円形)をしていると考えられてきた。理化学研究所(理研)、東京大学、筑波大学の3者はこの定説を覆し、多くの原子核では3つの主軸長がすべて異なるアーモンド型の「3軸非対称変形」が起きていることを理論的に解明したと、6月2日に共同発表した。
同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター 核構造研究部の大塚孝治客員主管研究員(東大名誉教授兼任)、東大大学院 理学系研究科 附属原子核科学研究センターの角田佑介特任研究員、筑波大 計算科学研究センターの清水則孝准教授らの研究チームによるもの。詳細は、原子核およびハドロン物理学を扱う学術誌「The European Physical Journal A」に掲載された。
原子核の形状は、それを構成する陽子と中性子の数によって変化する。1950年代、レインウォーター、ボーア、モッテルソンは質量数140以上の重い原子核の形状が楕円体であることを発見し、その功績は1975年のノーベル物理学賞につながった。その後、ボーアは楕円体がラグビーボール型の軸対称変形であると提唱。以来約70年間、軸対称変形はほとんどすべての重い変形原子核の正しい形状であるとして、教科書にも記載されてきた。
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原子核の形状、振動、回転の伝統的な描像。(a)球形原子核。(b)ボーアが提唱した軸対称変形。楕円体の最長の主軸に垂直な断面は円形。短軸を軸に回転し、円形の断面が波打って振動する
(出所:筑波大ニュースリリースPDF)
研究チームは今回、原子核の楕円体への変形と、その量子論的な回転の基本理論を探求。さらに、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた原子核構造の詳細なシミュレーションにより、原子核のさまざまな状態のエネルギー準位や四重極モーメント、そしてそれらの状態間で起こる電磁励起の強度といった既存の実験データとの比較を進め、原子核の形状における変形の謎に迫ることにした。
今回の研究では、原子核の形状が3軸非対称に変形するメカニズムとして、短軸を軸にした回転と、断面に垂直な軸回りの回転のふたつが特定された。そしてシミュレーションでは、たとえばエルビウム166の場合は、3つの主軸長の比が0.88、0.93、1.19という、それぞれ異なるアーモンド型楕円体へと3軸非対称変形を起こすことが実証された。また、この3軸非対称性が起きると、失われた回転対称性の量子論的回復と、核力に含まれるテンソル力などの効果により、軸対称の場合よりも結合エネルギーが増すことが理論的に示された。
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原子核の形・回転の今回の研究による描像。(a)球形原子核。(b)今回の成果である3軸非対称変形。楕円体の3つの主軸長すべてが異なっており、どの断面も円形にならない。断面は楕円形で、短軸を軸に回転するだけでなく、断面自体も回転する。斜め上に上がるピンクの直線矢印は、後者の回転を引き起こす電磁励起
(出所:筑波大ニュースリリースPDF)
今回発見されたメカニズムは基本的で普遍的であり、多くの原子核で3軸非対称変形が起きていることが予想された。さらに、シミュレーションによってその裏付けとなる観測可能な性質も得られたとする。そのひとつが、回転を引き起こす電磁励起だ。電磁励起の強度と3軸非対称変形の大きさ(3軸非対称パラメータガンマ)は、多くの原子核できれいな相関を示し、実験値と理論値もよく一致していたという。3軸非対称変形は、エネルギー準位のパターンや電磁励起強度など、原子核の多様な性質に関わり、さまざまな実験データに反映される重要な性質とした。
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電磁励起強度による3軸非対称変形の検証。さまざまな原子核の電磁励起の強度の理論計算値(青の菱形)や、既存の実験データ値(紫の丸)がプロットされている。横軸は3軸非対称パラメータであるガンマで、3軸非対称変形の大きさを角度(度数)で表し、0のときは軸対称、大きくなるほど非軸対称性が増す。理論値も計算値も共に、多くの原子核に対してガンマとよく相関し、また理論値と実験値はよく一致している
(出所:筑波大ニュースリリースPDF)
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核図表の一部(陽子数Z=50~82、中性子数N=82~122)に示された3軸非対称変形原子核。3軸非対称変形原子核が丸富岳で計算したものはオレンジ)で、それ以外が菱形で示されている。変形楕円体だが、実験データ不足により3軸非対称変形か判定不能のものは六角形で、それ以外の四角いマス目は、変形が小さいか球体
(出所:筑波大ニュースリリースPDF)
原子核の形状が3軸非対称変形となることで、軸対称な場合よりも結合エネルギーが増大し、安定化する。この基本的で普遍的な性質は、安定または準安定な超重元素原子核の理論的探索や、重い原子核の構造解明に大きく寄与するという。特に超重元素の原子核では、変形による結合エネルギーが、より軽い原子核に比べてさらに重要になることが考えられるとのこと。
今回の理論は、これまでの手法が不明だった質量数100を十分に超える重い原子核の構造解明にも適用できる可能性があるという。今後、理研のRIビームファクトリーや欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)など、さまざまな施設での実験を通して今回の理論の正当性が検証されることが期待されるとしている。
さらに今回の研究では、陽子も中性子も共に偶数個の原子核が扱われた。しかし研究チームでは、その知見を陽子または中性子が奇数個の原子核(奇核)にも拡張できると考えているとする。そして、今回の研究成果を応用すれば、トリウム229を利用した究極的な精度を持つ原子核時計の実現も可能性があるという。
近年、LHCや米国ブルックヘブン国立研究所の相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)を用いた相対論的重イオン衝突により、10^-25秒(10𥝱分の1秒)程度の時間スケールにおいて原子核構造を調査する試みが始まっている。3軸非対称変形は、すでに両加速器の実験計画の検討課題に含まれており、国際共同研究も進行中だ。
研究チームは今後、今回の研究で扱った回転の対極にある振動との統一的な研究を進める予定。