京都大学は、祖先種のリビアヤマネコから家畜化される過程で、さまざまな社会的行動を示すようになったネコを対象に、イヌに比べて研究が少なく不明なことが多いその行動特性と「アンドロゲン受容体」遺伝子の関係を調査。その結果、同遺伝子のタイプによってゴロゴロ音や鳴き声、見知らぬ人への攻撃性といった行動特性に違いが見られることを解明したと、5月29日に発表した。
さらに、他のネコ科動物種と比べたところ、ネコだけに見られる遺伝子型があることが判明し、家畜化の過程で変化が生じた可能性も併せて発表された。
同成果は、京大 野生動物研究センターの村山美穂教授、京大大学院 理学研究科の岡本優芽大学院生、京都市立芸術大学の服部円講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、米オンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載された。
ネコ(Felis catus)は、祖先種であるリビアヤマネコ(Felis lybica)からの形態変化は小さい一方で、行動は大きく変化した。祖先種を含めてネコ科動物種の多くが単独性である中、ネコは社会性を示し、他個体や他の生物種、そしてヒトとの共同生活を行え、さらに多様なコミュニケーション行動も可能である。
行動特性には環境要因だけでなく、遺伝的要因も深く関与する。イヌなどの他種では、ゲノムワイド関連解析を含む大規模な研究が進み、行動特性と関連する複数の遺伝子が報告されている。しかし、ネコではそうした研究はあまり進んでいないため、研究チームは今回、ネコの行動特性の遺伝的背景を調べるべく、アンドロゲン(ステロイドホルモンの総称)受容体遺伝子に着目した。
アンドロゲン受容体遺伝子は、雄の生殖系や二次性徴の発達・維持を刺激する「テストステロン」などのアンドロゲンと高い親和性を持つ受容体をコードする。この遺伝子の一部の長さには個体差があり、ヒトやイヌの研究から、それが行動特性と関連することが明らかになりつつある。ネコでも遺伝子の個体差は報告されていたものの、その違いと行動特性との関連は未解明だった。そこで今回の研究では、ネコのアンドロゲン受容体遺伝子と行動特性との関連解明を目的として調査を行うことにした。
まず、家庭で飼育されているネコ280個体(すべて雑種、避妊去勢済み)を対象に、質問紙を用いた行動特性の評定と、DNAを採取してのアンドロゲン受容体遺伝子解析が実施された。その結果、短いタイプの遺伝子を持つネコは、長いタイプの遺伝子を持つネコより、「ゴロゴロという」傾向が高いことが判明した。特にオスでは、コミュニケーションや要求に関連する「特定の鳴き声/発声」のスコアが高いことも確認され、同遺伝子が音声コミュニケーションに関わる可能性が示唆された。一方、メスでは短いタイプの個体の方が「見知らぬ人への攻撃」のスコアが高いことが確かめられた。
さらに、トラなど、他のネコ科動物11種との比較が行われた。その結果、ネコに系統的に最も近い、ベンガルヤマネコやスナドリネコ(いずれもベンガルヤマネコ系統)は、短いタイプしか持たないことが判明。他のネコ科動物種よりもネコの方が長かったことから、家畜化による遺伝子変化と関連する可能性が示唆された。
今回の研究から、ゴロゴロ音を発する傾向が高いネコはアンドロゲン受容体遺伝子が短い傾向にあり、他のネコ科動物種の多くも短いタイプの遺伝子を持つことが明らかにされた。これまでの研究では、純血種のネコは、雑種に比べて長いタイプの遺伝子を持つ割合が高いと報告されている。
今回の研究に参加した多くのネコが元野良で、野外生活を経て保護された個体である一方、純血種の多くは誕生時からヒトによる保護下で育つ。ゴロゴロ音は、ネコ同士の親和表現や、子ネコが母ネコの注意を引く手段として、生存に重要な役割を果たす。生後すぐにヒトが世話をする場は、このような生存のための音声コミュニケーションの必要性は低くなることが予想されるため、ヒトとの関わりが遺伝子の頻度の違いに影響している可能性があるとした。
研究チームは今後、ヒトとの関係によってネコに生じた行動特性の変化をより深く理解するため、さまざまなネコの品種や、他のネコ科動物種にまで対象を広げて研究を進めていく予定とする。また、遺伝子から行動特性を推測できるようになれば、個体に合わせた飼育環境の整備が可能となる。これはネコだけでなく、直接の観察が難しい野生のネコ科動物種にも応用でき、動物福祉に寄与する可能性があるとしている。