千葉大学と三井化学は、大型ドローンや空飛ぶクルマ(eVTOL)への実装を見据え、直径72cm以上のプロペラの前縁部にフクロウの翼の構造を模倣した鋸歯構造を組み込んで、騒音低減効果を実証したと5月28日に共同発表した。
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フクロウの翼の構造理解からプロペラ設計の流れ。(a)フクロウの翼の形態。(b)フクロウの第10主羽根。(c)クリーンな(ベースラインの)プロペラ(CLE)と、鋸歯の大きさが異なる3つの鋸歯状のプロペラ(SER3、SER6、SER9)。(d)CLEモデルの正面図。(e)鋸歯形状の特徴。結果は、幅(w)と振幅(a)が各6mmで間隔(s)が8mmの設計のSER6が最適設計だった
(出所:千葉大ニュースリリースPDF)
同成果は、千葉大大学院 工学研究院のJiaxin Rong特任研究員(研究当時)、同・劉浩教授、三井化学の水本和也氏らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する流体力学を扱う学術誌「Physics of Fluids」に掲載された。
鳥類や昆虫、コウモリといった生物はきわめて静かに飛行するものが多い。なかでもフクロウは、獲物への接近に静音性が不可欠なため、とても静かに飛ぶことで知られている。これは弱肉強食の自然界で生き残るため、途方もない時間をかけて進化してきた結果といえる。
フクロウが静かに飛べる理由は、翼に隠された特殊な構造にある。翼の中の羽根の前縁を拡大すると鋸鋸歯状の突起があり、これが渦状の空気の流れを分断し、騒音の原因となる不安定な気流を抑制する。この構造により、フクロウは獲物に気づかれることなく接近できる。
一方、人間が作り出した乗り物の多くは、エンジンやモーターを利用に伴い騒音を発生させる。特に航空機は顕著で、最も静かなドローンでもファンの高速回転音は大きく、まして大型ドローンでは騒音問題となる。
その解決案として、研究チームは今回、フクロウの静音飛行を実現する羽根の鋸歯形状に着目。バイオミメティクス(生物規範工学)の観点からその構造をドローンのプロペラに応用し、複数のプロペラ形状をデザインし、改良を加えながら2年の歳月をかけて騒音の低減効果を検証することにした。
一般的に、騒音低減効果と空力性能は両立が難しい「トレードオフ」の関係にある。騒音を低減するための設計変更は、推力や効率の低下など、空力性能に負の影響を及ぼすのが常だ。しかし、回転翼の前縁部はその例外である。この部位は、進行方向に向かって最初に空気と接触することから、その形状や設計が空力特性に影響を与える。そのため、この部位に最適な形状を施すことで、騒音の低減効果が得られることは知られていた。
今回の研究では、三井化学が大型ドローンのプロペラモデル形状を提供。研究チームはそれに対し、「Ffowcs Williams-Hawkings音響アナロジー」と「ラージ・エディ・シミュレーション」という2つの手法を用いて、フクロウの翼の鋸歯形状を前縁部に組み込んだプロペラの空力音響特性を3パターン(SER3、SER6、SER9)で検証した。
Ffowcs Williams-Hawkings音響アナロジーは、航空機のプロペラやヘリコプターのローターなど、固体境界と流体の相互作用によって発生する空力騒音の解析に広く用いられる音響学的モデルである。一方、ラージ・エディ・シミュレーションとは、乱流の大規模渦構造を直接モデル化してシミュレーションする数値流体力学の手法だ。
検証の結果、SER6モデル(幅と振幅が各6mm、間隔が8mmの中程度の鋸歯)は、最大3dBの騒音低減を達成しつつ、空力性能をFM値の低下を4~8%の軽微な範囲に抑えることができたとした。前縁部の鋸歯形状の最適化は、振幅や幅(波長)などの幾何学的パラメータに強く依存するが、SER6では騒音低減と空気力学的効率のバランスが最も優れていることが確認された。この結果は、騒音低減と空力性能のトレードオフのバランスを最適化する上で、鋸歯の寸法が重要であることを示唆しているという。
千葉大のRong特任研究員は、フクロウの翼に着想を得た鋸歯構造が、空力騒音の原因となる空気の流れの大規模な渦を壊し、圧力変動を抑制すると説明。今回、設計上の最適なバランスが明らかになったことは画期的であり、人に優しい静かな空中移動システムの開発につながると期待を寄せた。
また、同大学の劉教授は「実用性の高い大型の工業用ドローンや空飛ぶ車に応用できる、高性能かつ低騒音なローターの開発において、一歩前進したといえる大きな成果だ」と述べている。
さらに、三井化学の水本氏は「ドローンの社会受容性を高めるためには、静音性、安全性、経済性のさらなる向は必須といっても過言ではない。安全で暮らしやすい社会のために、生物模倣による進化・研究は今後も大いに発展していく」とコメントしている。