アパレル業界において約60ものブランドを展開するパルでは、SNSを同社のオムニチャネル戦略の起点と位置付け、スタッフによる積極的な活用を推進している。5月19日~22日に開催された「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」に同社 取締役 専務執行役員の堀田覚氏が登壇。SNS戦略やデータ活用について説明した。
スタッフ個人のSNSをオムニチャネル戦略の起点に
講演冒頭で堀田氏は、現在パルでは全社員の1/3に近い約1900人がSNSでの発信を行っており、その総フォロワー数が2000万を超えていることを紹介。「ファッション業界でも特筆すべき規模である」と話した。そもそも同社がSNS活用の強化を始めたのはおよそ10年前、一部のスタッフが自主的にSNSで顧客を集めているのを知ったのがきっかけだ。誰でも取り組め、広告コストも不要、さらに自発性やサービス精神を重視する同社の風土にもマッチするため、SNSの活用を推進することにしたという。
SNSは、同社のオムニチャネル戦略の起点となっている。スタッフ個人のSNSから新規顧客にリーチして実店舗やECサイトに訪問してもらい、会員登録やアプリ導入によってデータを蓄積する。これによって顧客とのつながりを持ち、最適な情報発信を行うことで、LTV(顧客生涯価値)の最大化を目指している。
「マスプロモーションはすでに崩壊し始めていて、いろいろな人が受け取ったさまざまな情報が口コミで回っていく時代になっています。多様性のあるスタッフから発信していくことは今の時代に合っているのです」(堀田氏)
専属のSNS担当者ではなく、スタッフ自らがSNSを活用するようにしているのは、スタッフに共感してもらえれば顧客とのつながりをより強くできると考えたためだ。また、SNS活用によって実店舗に数多くいるスタッフの生産性を上げられれば、報酬アップにつなげることができる。そうすることで職場をより魅力あるものにしたいという狙いもあるという。
SNSを活用するための仕組みづくり
SNSの活用を成功に導くためには、「まず始めること、そして続けることが重要」だと堀田氏は話す。SNSを始めるのは意外にハードルが高く、とくに業務で取り組むとなると重圧もある。始めたところでフォロワーが増えないと続かなくなってしまう。そこで教育と評価をしっかりと行い、さらにSNSの取り組み全体を「ケア」する仕組みをつくった。
教育の主な目的は、SNSを始めるハードルを下げることだ。そのために、プロフィールの書き方から投稿頻度や時間帯、静止画の構図などを指南するマニュアルを提供。さらに希望者に対しては社内外の専門家によるレクチャーも実施している。またSNSには流行もあるため、好事例をタイムリーに紹介して共有するようにしており、SNSから得られるデータの活用も進めている。例えば、全スタッフのアカウントをAPIでつなぎ、どの指標が重要であり、バズる前には何が起きているのかといったことを数字でとらえ、抽象化しやすいノウハウを分かりやすく伝える取り組みがある。ここで注意しているのは、フォロワー数だけを追わず、重視すべき数値をKPIとして明確に設定することだ。それによって質のデータ化を目指しているという。さらにSNSのプラットフォームごとに最大の効果を生み出すため、それぞれのアルゴリズムを理解する取り組みも行っているそうだ。
継続して取り組んでもらうために重視しているのは評価だ。フォロワー数に応じて手当を支給、SNS経由のEC売上には賞与もプラスするなど、モチベーションを高めるための仕組みをつくった。これには成果を重視するという同社の基本的な考え方も反映されている。
これらの取り組みに加え、スタッフのモチベーションを高めるための「ケア」も行っている。スタッフ同士でそれぞれの投稿を見てフォローし、できるだけコメントや「いいね」をすることを推奨。さらにブランドごとの会議でもSNSの話題を必ずあげている。こうした取り組みを続けてきた結果、徐々にSNSが企業の文化として根付いてきたという。
「物事を動かすには、仕組みをつくるだけではなく、そこに魂を入れることがとても重要です」(堀田氏)
ECサイトでは生成AI活用のプロジェクトも実用化
SNS活用とともに同社が注力しているのがデータ活用だ。ここで重視しているのは、まず目的に応じて必要なデータを定義すること、そして必要なデータはリソースをかけてでも不足なく取得すること、それを具体的なアクションに落とし込める粒度まで分解することだ。さらに、データベース言語が分かればデータをより深く理解できると考え、SQLを学べる講座をマーケティングスタッフ向けに実施している。
データを活用した事例としては、生成AIやマシンラーニングによる「NIAU AI」があり、すでにECサイトで実用化されている。スタッフのプロファイリングを基に作成したバーチャルスタッフに顧客が質問できるAIチャットに加え、商品ページのモデルの画像の顔を顧客自身の顔に入れ替えられるというAIフェイスチェンジやAI骨格診断といったものもある。今後は、スタッフの個性や顧客の特性をさらに理解し、ECでも実際の接客に近い体験を提供していきたいという。
創意工夫が共感を呼ぶ
パルはスタッフ個人の創意工夫や個性も重視しており、とくにSNSでは個性のある発信を推奨している。例えば低身長のスタッフなら低身長ならではの着こなし、子どもを持つスタッフであればそのライフスタイルに合わせたスタイルなど、コンプレックスになりそうなことや個々の事情を個性としてポジティブに発信することで、より共感を得られる。実際に、個性を生かした投稿をするスタッフはフォロワーも多いそうだ。
「個人の想いを伝えることは重要だと考えています。個性や個人の好みを表現することが本物のコンテンツになります。そのための創意工夫こそ人間がやるべきことなのです」(堀田氏)
それぞれが創意工夫し、個性を活かした発信をすることでスタッフ自身が楽しんでSNSを使えば“広告臭さ”が減り、「顧客にもより楽しんでもらえる」と堀田氏は言う。目指しているのは、顧客とスタッフが個人商店的な距離感で一緒に楽しめるようにすることだ。
「お客さまとスタッフが渾然一体になる、いわば令和の商店街のようなことを、テクノロジーの活用によって実現していきたいです」(堀田氏)