金沢大学、岡山大学、立教大学、文教大学の4者は、キンギョのウロコを0.1%の次亜塩素酸で滅菌し、培地を交換せずに1週間以上4度の低温で保管しても、ウロコ内の骨を作る「骨芽細胞」と骨を破壊・吸収する「破骨細胞」の活性が維持され、重力にも応答することを確認したと5月23日に共同発表した。
同成果は、金大 環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授、岡山大 学術研究院 医歯薬学域(歯) 口腔形態学分野の池亀美華准教授、立教大 スポーツウエルネス学部 スポーツウエルネス学科の服部淳彦特任教授、同・丸山雄介助教、文教大 理科専修 生物学研究室の平山順教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、宇宙環境におけるライフサイエンスを扱う学術誌「Life Sciences in Space Research」に掲載された。
宇宙は過酷な環境であり、特に長期の滞在では微小重力と宇宙放射線が人体に有害だ。微小重力下では、骨量や筋量の減少が生じ、骨量は1カ月に約1%の割合で減少。尿からのカルシウム排出は、腎臓結石のリスクを高める。また、宇宙空間は太陽宇宙線や超新星爆発に由来する銀河宇宙線など、大量の放射線に満ちている。地球磁気圏外ではそれらに対するバリアがなくなるため、被爆リスクが非常に高まる。
研究チームは、そのような微小重力と宇宙放射線に長年注目しており、2010年には国際宇宙ステーション(ISS)で宇宙実験「Fish Scales」を実施した。この実験では、ヒトの骨と進化的・構造的に類似するキンギョのウロコを骨の実験モデルとし、微小重力による骨代謝低下の分子メカニズムや、宇宙放射線の骨細胞に与える影響が分析された。
その結果、生体内のインドール化合物である「メラトニン」によって、それらの影響を抑制できる可能性が発見された。しかし、この実験はスペースシャトルのISSへのドッキング時間の都合上、86時間の培養しか培養できなかった。そのため、より長期間の宇宙環境における骨組織への影響評価実験が計画され、ウロコを用いた新たな宇宙実験に向けた研究が進められており、今回の成果はその一環である。
今回の実験ではまず、4度での保管する前後においてウロコの骨芽細胞と破骨細胞の染色が実施された。その結果、骨芽細胞の活性および形態が変化しないことがわかった。一方、破骨細胞は活性化する際に複数の細胞が融合し、多核化が認められた(多核化した破骨細胞は活性型となる)。
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4度で1週間保管前後のウロコの破骨細胞の活性(TRAP)染色。(A・C・E)低温保管前。(B・D・F)低温保管後。黄色の矢印が示す赤い部分がアクチンリング、Grooveはウロコの骨質層に存在する溝、青白い楕円は核を示
(出所:立教大Webサイト)
同細胞が持つ構造「アクチンリング」は、破骨細胞が分泌した骨を溶かすための酸や酵素が漏れないようにシールする役割を果たし、骨を溶かす酵素の一種「カテプシンK」と共に活性化の指標となる。これまで、破骨細胞の活性を維持したまま長期間保管することは困難とされていたが、今回、4度での保管であれば、活性型でも1週間は保管できることが明らかにされた。両細胞の酵素活性も調べたところ、わずかに減少したものの、統計学的に有意な変化はなかったとした。
続いては、4度で1週間保管したウロコにロケット打ち上げ時の激しい振動を模して与え、細胞応答の調査が実施された。その結果、振動に応答し、骨芽細胞の活性化と、破骨細胞の活性低下が確かめられた。
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4度で1週間保管後、バイブレーションによる過重力を加えた時のウロコの骨芽細胞(A)および破骨細胞(B)の代表的な酵素活性((A)ALP、(B)TRAP)の変化。*、**は、統計的に有意な差があることを示す
(出所:文教大ニュースリリースPDF)
次に、打ち上げ時の振動と過重力の影響を評価するため、2010年にISSへ実際に輸送されたウロコの両細胞が分析された。これらのウロコは4度で6日間保管された後に、ISS到着直後に冷凍されたものだ。その両細胞の活性を、地上で同条件で保管された両細胞と比較した結果、4度で保管していたにもかかわらず、骨芽細胞の活性は打ち上げ時の振動(2分間に最大で6.8G)と過重力(3分30秒間で最大3G)に応答して上昇していることが判明した。
加えて、4度で6日間保管した後にISSにおいて22度で86時間培養したウロコでは、骨芽細胞の活性が微小重力に応答して低下することも明らかになった。このことから、長期間4度を維持できれば、培養ウロコの両細胞は微小重力に反応でき、さまざまな影響を解析できる可能性が高いと判断された。
今回の研究成果により、ロケットの打ち上げ射場でキンギョを飼育してウロコをパッキングする必要がなくなった。日本でパッキングしたウロコを低温で維持して、海外の射場へ輸送することが可能となる。また、これにより、ロケットの打ち上げの遅延にも対応できるようになったとした。
研究チームは今後、擬似的に微小重力を生成する装置「3次元クリノスタット」(2軸で回転によりベクトルを相殺し、擬似微小重力を作り出す)を用いて低温培養の地上実験を行い、次の宇宙実験のためのデータを取得する予定だ。さらに、今回の成果を活用したISSでの宇宙実験も計画中としている。