高知大学は、長崎・対馬で採取された動物のふんを分析した結果、韓国に生息するユーラシアカワウソと遺伝的に近く、対馬で野生カワウソが定着・繁殖している可能性もあることを5月19日に発表した。同島でのカワウソの生息確認は約5年ぶり。
対馬では2017年に野生のカワウソが撮影され、国内で約40年ぶりとなる生息確認として大きな注目を集めた。2018年には、動物のフンをDNA解析した結果、生存が科学的に確認されたが、それ以降は生存を裏付ける明確な証拠が得られていなかった。
高知大学 自然科学系理工学部門の宇田幸司准教授らの研究グループは、対馬で2024年2月に採取された、カワウソによるものとみられるフンを分析し、そのミトコンドリアDNAの全塩基配列を解読。その結果、この個体は韓国に生息するユーラシアカワウソと遺伝的に極めて近縁であり、2017~2018年に確認された個体群と同一系統に属することが分かったという。
これは、対馬において約5年ぶりにカワウソの生息が再確認されたことを示すとともに、これまでに確認された個体が対馬で繁殖していた可能性もあることが示唆されている。
今回の成果は、5月17日に愛媛・松山市で開催された「第76回日本動物学会 中国四国支部大会」で先んじて研究発表されたもの。同大学では「対馬におけるカワウソの継続的な生息や定着の可能性を検討するうえで重要な手がかりとなる成果」と位置づけており、「将来的な保全方針や再導入の議論に向けた科学的基盤のひとつとなる」としている。
対馬の野生カワウソは「定着」したのか? 「偶然」か?
カワウソはかつて日本全国に広く分布しており、 河川や沿岸域など水辺の生態系を象徴する動物として親しまれてきた。しかし、乱獲や水質汚染、生息環境の破壊などの影響により個体数は急激に減少。1979年に高知県の新荘川で目撃されたのを最後に、 生息の確かな証拠は得られておらず、環境省は2012年にニホンカワウソを絶滅種に指定した。
ニホンカワウソの再発見は長年にわたり期待されており、高知県をはじめ、かつての分布域各地で探索が継続的に行われてきたものの、従来の調査では確実な痕跡は確認されていなかった。
その後、琉球大学が長崎県対馬に設置したセンサーカメラによって、カワウソとみられる動物が2017年2月に撮影され、環境省が実施した緊急調査で現地で採取されたフンからユーラシアカワウソのDNAが検出されたことで、 対馬における野生カワウソの生息を科学的に確認。国内で38年ぶりに記録された野生個体の存在として、学術的にも社会的にも大きな反響を呼んだ。
環境省の調査では、その後も島内で追加のフンが採取され、遺伝子解析により少なくとも4個体(オス、メス各2頭)の存在が推定されている。これらのフンから得られた、ミトコンドリアDNAの一部配列に基づくハプロタイプ解析(片方の親から受け継がれる遺伝情報の一部をもとに、その配列の違いを比較することで、個体や集団の系統関係や由来を明らかにする手法)により、4個体はいずれも韓国南東部から移入した可能性が高いと考えられている。
2019年以降はフンなどの直接的な痕跡が確認されておらず、対馬での野生カワウソが生息しているかどうかは分かっていなかった。対馬にカワウソが定着して繁殖しているのか、偶発的に渡来した個体なのかを評価するためには、対馬におけるカワウソの継続的な生存確認や遺伝的な解析が求められていた。
カワウソの“うんち”分析から見えた、「定着・繁殖」含む3つの可能性
対馬は日本本土と大陸の間に位置する地理的特性から、大陸由来の動物が自然移入する経路上にあり、ユーラシアカワウソのような広域分布種の分布拡大や回遊を検討するうえで重要な地域とされている。
今回の研究は、対馬におけるカワウソの起源や定着の可能性を再評価し、野生動物の分布変動を理解する基礎資料を提供するものとして実施。対馬で確認されたカワウソ個体群が、定着して生息しているかどうかを評価するとともに、 それらの遺伝的背景を明らかにすることを目的とした。
調査対象としたのは、日本各地でカワウソの痕跡調査を行っている山本大輝氏が2024年2月に対馬で発見したカワウソとみられる動物のフン。高知大の宇田准教授の研究室でこのフンを用いて、ミトコンドリアDNAの塩基配列を決定し、分子系統解析を行った。
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対馬で発見されたカワウソと、ユーラシアカワウソ・ニホンカワウソのミトコンドリアDNA全塩基配列を用いた分子系統樹。これは生物の「進化の系統」を示しており、図の枝分かれは、共通の祖先から別々の種が分かれてきたことを示しているある枝の分かれから生じたふたつの種は、 他のどの種よりも互いに近縁で、遺伝的なつながりが強いと考えられる。生物の進化的な関係をたどることで、近い仲間同士を見分けられる
(出所:高知大学ニュースリリースPDF)
ミトコンドリアDNAは、細胞内のミトコンドリアに含まれる遺伝情報で、母系をたどる形で世代を超えて受け継がれるため、個体の由来や近縁関係を明らかにする手がかりとして、 野生動物の種や系統を調べる際に広く用いられる。核DNAよりも比較的劣化しにくく、フンなどからでも比較的安定して抽出できるという利点もあるという。
まず、動物糞から抽出したミトコンドリアDNAの一部塩基配列を確認するとカワウソに特異的な塩基配列が確認された。また、前述のハプロタイプ解析を行ったところ、環境省による調査同様に、 韓国南東部のユーラシアカワウソのハプロタイプと一致することが分かった。
さらに、ミトコンドリアDNA の全塩基配列にあたる約一万六千塩基の配列を決定し、既知のニホンカワウソ及びユーラシアカワウソとの比較を分子系統樹により行ったところ、ニホンカワウソとユーラシアカワウソは明確に区別され、対馬のカワウソは韓国やサハリンに生息するユーラシアカワウソのグループに属しているという結果が示された。
この結果から、今回解析した個体は韓国のユーラシアカワウソ個体群と近縁であり、2017年から2018年にかけての環境省の調査で確認された個体群と同様の系統に属していると考えている。
今回の発見により、2018年12月以降確認されていなかった対馬のカワウソが、少なくとも5年後の2024年にも生息していることが明らかになった。さらに、今回解析された個体は、2017~2018 年に確認された個体と同様に、韓国南東部に生息するユーラシアカワウソと同じハプロタイプを有していること確認もされた。
同大学によると、現在の対馬におけるカワウソの生息状況について、 以下の3つの可能性が考えられるという。
- 2017年に確認された個体が2024年まで生存していた
- 韓国南東部から複数回にわたり自然漂流が起き、新たな個体が対馬に漂着した
- 対馬において繁殖活動が行われ、世代交代により新たな個体が生まれた
野生のカワウソの平均寿命は5年程度とされることから、今回の個体は2017~2018年に確認された個体群の子孫である可能性もあり、対馬において一定期間にわたり繁殖が行われていた可能性があるとのこと。韓国由来とされるカワウソが対馬に一時的に漂着しただけではなく、継続的に生息地を形成していた可能性があることを意味しており、その再検討が今後求められる。
高知大学は、他の研究機関と連携することで、2017~2018年に確認された個体と今回の個体との遺伝的比較を進め、親子関係の有無を含む系統的な関係性を明らかにする予定だ。同大では、今回の研究成果について、以下のような研究にも寄与すると説明している。
- 自然移入メカニズムの解明:韓国~対馬間の自然移入が単発的な事象ではない可能性を示し、海峡横断に関わる生態的・地理的条件の理解に資する
- 生態系調査と環境評価:カワウソは水辺環境の健全性を示す指標種であり、 対馬での定着は島内の河川・湿地環境の質を再評価する契機となる
- 保全と再導入のモデル事例:対馬での自然定着例は、 本州・四国への再導入検討において、科学的・倫理的根拠として重要な参考となる