東京大学、東京理科大学(理科大)、分子科学研究所(分子研)、大阪公立大学(大阪公大)、科学技術振興機構(JST)の5者は、柔軟性と高い秩序性を兼ね備えた新しい「分子性常磁性体」の開発に成功したと5月17日に共同発表した。
同成果は、東大 物性研究所(物性研) 凝縮系物性研究部門の藤野智子助教(JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者兼任)、同・森初果教授、物性研 附属極限コヒーレント光科学研究センターの原田慈久教授、理科大 理学部第一部 化学科の菱田真史准教授、分子研 分子科学研究所の中村敏和チームリーダー、大阪公大大学院 工学研究科の牧浦理恵准教授、物質・材料研究機構(NIMS) マテリアル基盤研究センター 先端解析分野 電子顕微鏡グループの原野幸治主幹研究員、NIMS ナノアーキテクトニクス材料研究センターの大池広志主任研究員(JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者兼任、研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は「Advanced Science」に掲載された。
近年、ウェアラブルデバイスをはじめとする多様なデバイスへの応用が可能な、外部刺激に応じて構造が変化する柔軟な磁性材料の開発が求められている。柔軟性のある磁性体としては、スピンを持った「開殻性分子」が相互作用し合うことで、磁気特性を示す有機材料である分子性常磁性体がある。開殻性分子とは、軌道に電子が1個だけの不対電子を持ち、不安定なため高い反応性を持つ分子(ラジカルと呼ばれる)で、常磁性を示すこともある分子だ。
従来、分子性常磁性体は、平面的な分子が積み重なった結晶構造を持ち、分子間の相互作用によって特異な磁気特性を示すことが知られている。しかし一般的に、柔軟性と秩序性は相反する性質であり、秩序性の高い常磁性単結晶は本質的に「硬い」性質を持つため、両者を両立させることは困難だった。
研究チームは今回、柔軟性と秩序性を両立する「超分子」の設計原理を応用し、新たな分子性常磁性体の開発に取り組むことにした。
超分子とは、複数の分子が相互作用で規則的に集合した構造を持ち、自己組織化により複雑な構造を構築するのが特徴だ。今回の研究では、水にも油にもなじむ両親媒性の「d/π共役系」イオン性分子が、新たに設計・合成された。d/π共役系とは、d電子を持つ金属とπ電子を持つ有機分子が、交互に結合した構造(共役系)を持つ電子系のこと。この分子を水中に分散させたところ、分子同士が規則正しく配列し、カプセル状の膜構造が自発的に形成されることが確認された。
-
柔軟性と高秩序性を両立する分子性常磁性体の模式図。(左)今回の研究で設計・合成された両親媒性d/π共役系分子。赤い矢印はスピンを示す。(右上)分子が水中で自己組織化して形成される二重膜構造。(右下)二重膜がさらに凝集し、球状のカプセル構造を形成している。オレンジ色の分子は水分子
(出所:共同ニュースリリースPDF)
この構造体は、小角X線散乱による解析とその厚み方向の電子密度分布から、高い秩序性を維持した二重膜構造であることが判明。さらに、電子スピン共鳴スペクトルからは、スピン間に一方向に対してのみ強い相互作用が認められ、他方向では顕著な相互作用が乏しいことから、一軸的な磁気異方性を持つことが示唆された。
加えて、この構造体は、温度変化に応じて大きく構造を変化させる柔軟性を兼ね備えていることもわかった。65度以上に加熱すると二重膜構造は解離し、逆に30度以下まで冷却すると、元の構造とは異なる「インターディジテート膜」(指組み構造)を形成することが明らかにされた。また、マクロスケールでは球状あるいは楕円球状の構造体として観測され、室温で数時間静置すると元の二重膜構造へと回復する特異な動的挙動が示された。
一軸異方的な磁性は、二重膜とインターディジテート膜の両方で共通して観測され、異なる膜構造を取りながらも、スピン間に働く相互作用に共通性が確認された。このような分子間相互作用に基づく秩序性は、磁気特性の制御において極めて重要な要素だという。今回の研究成果は、柔軟性と秩序性を両立させた分子性常磁性体の設計指針を初めて示したものであり、特に、スピンを持つ平面分子が規則正しく並んだ分子性常磁性体において、動的な膜構造変化が示された初めての例だとしている。
-
球状カプセル内の二重膜の温度変化に対応する動的な構造変化の模式図。二重膜(左上)を加熱すると膜が解離し(中央上)、冷却するとインターディジテート膜(右上)を形成するが、時間経過と共に元の二重膜(左上)に戻る。(下段)透過電子顕微鏡像は、加熱前(左下)と加熱直後(右下)の構造体を示す
(出所:共同ニュースリリースPDF)
今回の成果は、柔軟で磁性を制御できるソフトな分子性常磁性体の開発を加速させ、フレキシブルデバイスなどの幅広い分野への応用につながるとする。また、今回の研究で用いられた物質は単一分子量材料で構成されており、ソフトマター(外部刺激で形状や性質が大きく変化する、固体と液体の間の状態にある物質)の設計に関する重要な構造的・機構的知見を提供するとした。さらに、スピントロニクスやナノメディシン分野への応用、ソフト伝導体など、多岐にわたる分野における電子機能の多様化にも貢献するなど、ソフトマテリアル科学における重要な進展をもたらすことが期待されるとしている。