
コンパクト&ネットワーク
─ 辻さんは社会保障制度を維持させるためにも、まずは高齢者自身が元気になるという発想を持たなければならないと提言していますね。
辻 日本は2040年まで高齢者数は増え続けていきます。一方で、人口は確実に減少する。これは我々が今まで経験したことのない未知の社会です。これを乗り切るためには、発想の転換が必要だと思いますが、はっきりと言えることは、歳をとっても、高齢者ができる限り元気で自立した社会を目指すことです。そのためにも「フレイル(加齢による虚弱化)予防」が国家的課題になると思います。
フレイルとは健常と要介護の中間の状態を言います。その状態を早めから防ぐため「栄養」「運動」「社会参加」の3つの柱が求められます。中でも重要なのが社会参加です。そのためには地域社会に高齢者の居場所をたくさんつくり、人の繋がりが多いコミュニティの形成が大切です。
高齢者が積極的に外に出て社会とのかかわりを持つと元気になりますが、これからは高齢者の生きがい就労が大切です。若者世代の労働力不足の時代、フルタイム就労でなくとも高齢者が無理のない範囲内で生きがいを持って就労できることを皆で支援する地域は活性化すると思います。
─ そういった地域づくりが重要になるわけですね。
辻 ええ。厳しい言い方になりますが、今後は高齢化が一層進む中で人口が減少しますので、一人暮らしの高齢者が簡単に施設入所し、家から離れれば地方は空き家が増え、多くの地域は同じように確実に衰退していきます。そうならないためには、前回お話した仁淀川町のように高齢者が元気でいる期間を延ばすと共に、弱っても住み慣れた地域内で住み続けられるようにすることが必要です。
自然と若い人もそれを実現した明るく住みやすい地域を選んで住むことが期待できます。ということは、そのような地域づくりに成功した自治体は再発展する可能性があるということになります。
─ 東京はどうなりますか。
辻 実は中間所得階層で見ると、東京は1人当たりの可処分所得から基礎的支出を引いた額が一番低いのです。食費、住宅費等がコスト高であり、結果として合計特殊出生率も一番低いのです。結論から言うと、国土政策として、地方分散を本気で進めるべきです。
生活コストが低い地方において、高齢者が支える側で活躍し、職住近接で高齢者ケアと子育て支援が備わった全世代が暮らしやすい、ふれあいのあるコンパクトなまちづくりが必要です。
高齢者ケアや子育て支援の事業の推進は基盤的な公共事業でもありますので、公的財源の地域再分配機能を発揮します。ましてや、地方には優れた歴史と自然があり、今述べたようなコンパクトな地域を各所につくり、それらの地域がネットワーク化するのです。このコンパクト&ネットワークの政策を土台に置いて、今後は「自律分散型のまちづくり」を実現していかなければなりません。
もちろん、医療・介護や子育て以外でも働く場をつくっていく必要があります。テレワークも進んできましたし、今は国内でもあまり知られていなかった地域の食材や文化などを求めて海外からお客が来る時代です。地域を愛する高齢者と未来に向けてたっぷりと時間を持っている挑戦的な若者との連携を期待します。
いずれにせよ、腰を据えた地方分散政策が不可欠で、今後国は東京一極集中の抑制策を強化する決意を示す必要があると個人的には思っています。
基本理念を定款に定めるイオン
─ この問題に企業はどのように絡んでいけばよいですか。
辻 産業界全体として、日本の未来を直視しながら、日本を心豊かで住みやすい国にするということについて、もっとナイーブな感覚で関心を持って頂きたいのです。
その上で、産業界としても、各地域の歴史や資源、とりわけそこに住んでいる高齢者を含めた地域住民の活力を重視し、どの地域に投資をし、その地域の再発展を目指すのかという企業としての主体的な判断をしていただきたいです。一定のビジョンの下で異業種間の連携システムも必要であり、その動きには当然行政は支援すると思います。
─ その地域の魅力をどう掘り起こしていくかですね。
辻 そうです。「私たちの街はこんなに住みやすい。だから是非とも皆さん来てください」という動きが住民を含めて地域からまとまって出てくれば、自然と地価も下げ止まり、企業もそこに関心を示して投資をしようと考えるはずです。
本当の地方の価値とは、歴史的に蓄積されてきた多様性と人の強い繋がりだと思うのです。このような自分の地域の良いものを見出して、それに魅力を感じる外部の人が溶け込める開かれた形がつくれるか。結局は自由な精神性を持った個性的なリーダーが地方の地域に育っていくかどうか。最後は人の問題だと思います。 ─ 国と企業や個人との関係はどうあるべきですか。
辻 地域における高齢者の自立、更には、産業界の主体的な判断による地域づくりへの期待について今述べましたが、国は国民と共に日本の未来に向き合い、今後目指す国のカタチを明らかにすることが必要です。具体的には、皆で助け合い、日本を、生きがいを持って心豊かに住んでいける国にすることであり、出生率向上にも期待が持てます。
もちろん経済は重要で、しっかりした地域の産業構造も、グローバル化も大切です。しかし、超高齢人口減少時代を迎える日本で何よりも優先すべきことは、我々日本人が住んでいる、この日本という国を誰もが心豊かで住みやすい国として持続していくことではないでしょうか。
─ そういったことを実践している企業はありますか。
辻 例えばイオンです。同社は小売り店舗を全国で展開していますが、各店舗がある地域と密着するという発想が根付いています。自分たちが店舗を構えている地域をとても大事にしているわけです。イオンでは「地域社会に貢献する」と謳った基本理念を定款に定めています。
─ 地域社会との共生なくして、企業の持続的な発展もないということですね。
辻 そういうことです。ですからイオンの店舗では、カルチャースクールや運動などフレイル予防につながる取り組みに積極的で、高齢者が外に出る仕掛けづくりにも注力しています。元気な地域づくりと企業の発展が一致しているのです。
これまで申し上げましたように、地域全体のフレイル予防のためには、住民自らがコミュニティの互助を基本において、3つの柱の行動変容を起こす必要があります。しかし、行政の力だけで住民の行動変容を起こすことは容易ではありません。
フレイル予防に無関心な方々へのアプローチを含めて、企業の方がノウハウをたくさん持っています。企業は常に生活に身近なところで消費者のニーズを考えているからです。
令和6年11月22日に開催されたフレイル予防推進会議第2回総会の模様
AIに判断を委ねてはいけない
─ ということは、行政と民間でそれぞれ役割が違う。
辻 今後いかに3つの柱のフレイル予防の行動変容を社会に落とし込んでいくかですが、このことの重要性に気づいた自治体と企業が結集し、昨年7月に「フレイル予防推進会議」が立ち上げられました。神奈川県をはじめとする各県・各市町村とイオンなどの民間企業が中心です。同年11月には産官連携で3つの柱のフレイル予防に取り組む「フレイル予防啓発宣言」が発信されました。
─ どう変わったのですか。
辻 これにより行政だけでなく、産業の動きが本格化しました。例えば、フレイル予防の地域啓発を行いながらビジネスとして小売業と食品製造業とが協業したフレイル予防に資する商品やサービスの導入を検討するなど、行政の予防政策と産業の取組みとがウインウイン関係になるような展開が進んでいます。
この5月以降には、産業界で新法人を立ち上げると聞いています。この動きはフレイル予防に対して産業界全体として向き合うということの意気込みを示していると言えます。イオン、キユーピー、マルタマフーズといった食生活分野に関わる会社10社が発起人となり、各業界に呼びかけ、フィットネスやカルチャー分野などの参加も期待されています。
─ やはり社会実装という面においては、企業の力を活用することが効果的ですね。さて、今はAI(人工知能)などの最先端技術が登場しています。我々の生活にどう結び付けていけばよいと考えますか。
辻 AIは我々が得た既存の知見や情報から学んだものを基盤に構築しているものだと理解しています。したがって、一定の枠内でAIの判断を活用することは大いに有意義だと思います。例えば、フレイル予防の関連要因となる膨大なデータのAI解析を通して、地域ごとのフレイル予防政策の選択肢を提案するというシステムの開発も始まっています。
しかし、AIは人間が使うものであって、人間がAIに判断を委ねることには一定の限界があります。このことを認識しないままに、AIの方が賢そうだからという理由で安易に使うことは間違いだと思います。
地方分散のまちづくり
─ 主人公は人だと。人である我々が超高齢社会の日本をどんな国にしたいかと考えるときがきていると言えますね。
辻 そうですね。国民として日本の何を守るかと考えたとき、美しい日本の国土と文化、そしてアジアで日本が先駆けて体得してきた民主制を堅持することだと思います。この場合、大事なことは、我々自身の価値観を貨幣的な欲求だけでなく、人と人の繋がりをはじめとする地域の真の豊かさを大切にするという方向へ転換することです。
やはり、地方分散を基本に置いたまちづくりがポイントになります。このことには、日本の誇るべき各地の自然と歴史、あるいは江戸期頃から熟成されてきたまとまりのある国民性、それに加えて、戦後の経済発展で整備した公共的なインフラなどを含みます。もちろん今の社会保障の仕組みも含まれます。こういったものを守りながら、十分な幸せ感を感じられる国づくりを目指したいですね。
そしてそれは、これまで申してきたように、高齢者が地域を支え、世代間交流をするという特徴を持った新しいまちづくりでもあり、企業もその流れに留意した国内投資を是非していただきたいです。
以上のような動きは一見、内向きに見えますが、超高齢人口減少社会を最初に迎える日本が世界に示すべき重要な発信であると思うのです。日本がそういった国になれば、世界中から日本を見に来るようになるでしょう。貨幣的な価値だけに頼らない豊かさを感じる成熟した国をいかにつくるかということです。
健全な危機意識を持った人たちがこの国のあらゆる分野で立ち上がり、以上述べたような価値観に対応する政策モードへの大転換が始まることを願っています。