東レリサーチセンターと産業技術総合研究所(産総研)の両者は5月12日、充放電サイクルによって全固体電池内部の活物質と固体電解質界面の剥離、および固体電解質の化学構造変化が生じ、これらがイオン伝導度を低下させ、電池性能劣化を引き起こす原因であることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、東レリサーチセンターと産総研の共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するエネルギー変換と貯蔵に関する学際的な分野を扱う学術誌「ACS Applied Energy Materials」に掲載された。
現代社会を支えるテクノロジーの1つであるリチウムイオン電池(LIB)は、さらなる高エネルギー密度化、長寿命化が求められている。LIBは可燃性の有機溶媒系電解液を使用するため、特に電気自動車(EV)への応用においては、さらなる高エネルギー密度化・長寿命化と共に、安全性の飛躍的な向上が求められている。
これらの課題を解決する次世代電池として期待されているのが、電解液を固体電解質に置き換えた全固体電池だ。固体電解質を用いることで、安全性向上はもちろん、よりコンパクトな設計が可能となり、重量や容量あたりのエネルギー密度を高められるため、航続距離の伸長にも貢献する。また、電解液よりも固体電解質の方が劣化が遅いとされ、長寿命化も期待されている。
全固体電池は、正極・負極・固体電解質で構成され、固体電解質が電池内部でイオン伝導を担う。固体電解質には複数の種類があり、硫化物を含む材料は高いリチウムイオン伝導性を有することから、実用化に向けた最も有望な候補の1つとされている。しかし、固体電解質と電極活物質界面の形態的、化学的な安定性など、長期間にわたって安定的な性能を発現するための材料設計や製造プロセスの最適化が課題となっており、小型タイプは一部実用化されているものの、EV向けの大容量タイプにおいてはまだ実用化に至っていない(大手国内自動車メーカーは全固体電池の生産ラインを報道発表済みで、2020年代後半に全固体電池搭載EVなどを市場投入する予定だとされている)。
そこで今回の研究では、電池性能劣化のメカニズムを詳細に解明するため、電子顕微鏡観察やレーザーラマン分光法、固体核磁気共鳴法などを多角的に組み合わせ、充放電に伴う固体電解質と電極界面の形態や組成変化を解析したという。
その詳細な分析の結果、充放電後の全固体電池で確認された電池容量減少などの性能低下は、主に正極層内における電極活物質と固体電解質の剥離に伴うリチウムイオンの移動抵抗の増加、および同じ正極層内における硫化物固体電解質の化学構造変化が要因となっていることが解明されたとのこと。特に、正極層内における固体電解質の化学構造変化が顕著であり、塩化物イオンの脱離を伴う構造の変化や、硫化物固体電解質への酸化物イオン導入などの化学構造変化が、全固体電池の性能低下を引き起こすことを突き止めたとした。
-
充放電後の全固体電池の性能低下の要因。(a)電子顕微鏡で観察された正極層内の電極活物質と固体電解質の剥離。(b)固体電解質の結晶構造(結晶構造描画ソフトVESTAにて作成されたもの)。(c)正極近傍の固体電解質で進行したと推察される化学構造変化。※原論文の図を引用・改変したものが使用されている(出所:東レリサーチセンターWebサイト)
今回の研究では、充放電サイクルに伴って全固体電池内で進行する形態および化学構造の変化について、さまざまな機器分析を組み合わせた総合的な解析が行われた。機器分析の適切な組み合わせによって、電池特性変化の合理的な解釈が可能となるため、今回得られた知見や解析アプローチは、全固体電池材料の研究・開発、および製造プロセスの改善、さらに全固体電池の早期実用化への貢献が期待できるという。また研究チームによると、同様の解析は全固体電池以外にも、リチウム硫黄電池やナトリウムイオン電池などの次世代電池にも適用可能であり、新規バッテリーデバイスの研究開発の促進につながるものとしている。