AIの活用で半導体薄膜材料の分析を自動化
NTTは5月2日、光通信用デバイスに用いる半導体薄膜の材料分析にAIを活用することで、自動化することに成功したと発表した。
半導体物性の知識を取り入れた機械学習によって、成膜条件を自動導出する手法を開発。任意の組成の半導体薄膜を効率的に作製できることから、設備の稼働回数を減少させ、光通信用デバイスの製造コストの削減につながるという。
熟練技術者でなくても少ない試行回数で薄膜材料の探索を実現
レーザーなどの光デバイスの製造現場では、材料となる半導体薄膜を成膜するための原料ガス量の実験条件を、その都度、導出しており、そのためには熟練技術者が過去の実験結果をもとに解析し、導出する必要があり、さらに、平均して4~5回の実験が必要だった。
今回の手法を用いることで、目的とする組成の結晶について、正解となる条件を、短時間で自動的に導出。1~2回程度で正解に導くことができ、正解導出までの実験装置の稼働を削減できるとともに、熟練技術者でなくても正解の導出が可能になるという。
NTT先端集積デバイス研究所 担当部長の小林亘氏は、「過去の実験データを教師データとして蓄積し、目的とする結晶組成を実現するための原料ガス量の条件を自動導出することができる。熟練作業者が、測定量からパラメータを抽出して、条件を出すといった作業が不要になり、これにかかっていた時間が不要になる。瞬時に自動導出することができ、少ない試行回数で目的の結晶組成に辿り着くことができる効果もある」という。
1回の実験ごとに、装置の整備とコンディション調整、温度を高めるといった作業が必要なため、実験のたびに6時間程度を要していたが、実験回数が減ることで、大幅な時間短縮が可能になる。
半導体物性の知識を用いたベイズ最適化手法で精度を向上
光通信は、半導体レーザーと光ファイバー、受光器を基本構成としており、中でも、半導体レーザーと受光器は半導体薄膜を用いている。
また、光通信では、光ファイバーの損失が小さい1.3μmや1.55μm付近の波長の光(電磁波)を活用しているのに加えて、光の発光や吸収波長は、材料によって決まる性質があるため、1.3μmや1.55μm付近の発光および吸収では、一般的にインジウムガリウムヒ素リン(InGaAsP)が活用されている。今回の手法では、インジウムガリウムヒ素リンを効果的に成膜する条件を自動導出するものとなっている。
「結晶の組成は、格子定数とバンドギャップ波長によって調整を行う。インジウムリン(InP)の結晶基板の上に、インジウムガリウムヒ素リンを成膜していくことになり、インジウムガリウムヒ素リンを自由に操ることで、バンドギャップ波長を変化させ、必要となる波長による光の結晶を作ることができる。原料となるガスを結晶基板に供給し、ガスを吸着させ、割合を変化させて、必要となる組成を実現するが、今回は、有機金属気相成長法(MOCVD=Metal Organic Chemical Vapor Deposition)を使用した」という。
MOCVD法は、装置にセットした半導体の基板上に原料ガスを供給。数100℃に熱した状態で、高速に回転。成膜を行うことになる。この際の原料ガスの流量の導出に、機械学習を用いている。
半導体基板上に薄膜を成膜した際の結晶組成を測定物理量から算出。ガスの流量と結晶の組成を1対1で対応させ、実験を繰り返すたびに追加して、教師データとして活用することになる。特定の組成の結晶を作りたい場合には、半導体物性の知識を導入したベイズ最適化手法によって自動的に導出。この繰り返しにより、教師データを追加することで、さらに精度を高めることができるという。
「従来のベイズ最適化では、未知の関数で紐づけるため、ガスの流量を増やしているのにも関わらず、結晶の組成が下がるという物理的にはあり得ない予測が行われることもあった。そのため、予測精度が悪く、目標にたどり着くまでに、設備の稼働が増加するという課題があった。今回は、半導体物性の知識を用いたベイズ最適化手法を用い、これらをあらかじめ除外し、精度を高めた。たとえば、ガリウムの流量において、ターゲットとする組成と教師データの組成の差を線形性で補完し、線形応答から外れる部分だけに未知の関数で紐づけた。ピンポイントで実験条件を抽出することができる」という。
従来のベイズ最適化と比べて予測精度を向上
今回の取り組みにおいては、従来のベイズ最適化と比べて予測精度の向上を確認したほか、目標値が教師データの範囲外にある外挿的予測に対応できることも確認できたという。具体的には、6点の教師データから、外挿的予測を行い、目標値には1回で到達。7点の教師データを用った外挿的予測では、3回目でほぼ目標値に近い値に到達したという。
NTT先端集積デバイス研究所の小林氏は、「今回の成果により、化合物半導体結晶を成膜する業務効率の改善と、設備の維持コストの低減を実現できる。また、いままで熟練技術者が行ってきた化合物半導体結晶成膜の技術を、次代に継承することにも貢献できる。半導体デバイスの製造現場に導入し、少ない試行回数で結晶成膜を実現するために、今後は、適用先のパートナーの探索を進めるとともに、 異なる半導体材料への適用も検討していく。増幅器や変調器などにもこの技術は有効だと考えている」としている。