東京大学(東大)は4月14日、シリコンチップに微細な水路(マイクロ流路)を形成し、その中を流れる水の気化熱を利用することで、高性能化に不可欠な集積回路の冷却を実現する高効率冷却技術を開発したことを発表した。

  • 今回開発された三次元マイクロ流路構造

    今回開発された三次元マイクロ流路構造。毛細管現象により、発熱するシリコンチップに水の薄膜を効率的に接触させ、気化した水蒸気を流路中央に通すことで、高効率かつ安定的な冷却を実現(出所:東大プレスリリースPDF)

同成果は、東大 生産技術研究所のグラール・サイモン特任研究員(研究当時)、同・柳澤亮人特任助教(研究当時)、同・ジャラベール・ロラン国際研究員、同・金秀炫准教授、同・野村政宏教授、東大大学院 工学系研究科 電気系工学専攻のシ・ホンユアン大学院生(研究当時)、同・機械工学専攻のポール・ソウミャディープ特任研究員(研究当時)、同・大宮司啓文教授、東大 国際高等研究所東京カレッジのヴィオヴィ・ジャン=ルイ連携教員(CNRS/キュリー研究所/IPGG名誉所長兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、化学や工学なども含めた物理学全般を扱う学際的な学術誌「Cell Reports Physical Science」に掲載された。

半導体チップの小型化と高集積化に伴い、発熱量は増大の一途を辿っている。そのため効率的な冷却が不可欠であり、冷却が滞れば性能低下や寿命短縮を招く。そうした中で近年注目を集めているのが、チップ内部に微細な水路を設けて冷却液を循環させる「埋め込み冷却」技術。それに加えて冷却液の気化熱を活用することで、一層の冷却効率の向上が見込まれている。

しかし、微細な水路内における液体の沸騰・気化の制御は容易ではなく、冷却効率の低下や流れの不安定性を招くといった課題を抱えていた。そこで研究チームは今回、「マニホールド」と「キャピラリー構造」を組み合わせた新しい冷却システムの開発に挑んだという。

なお、マニホールド構造は熱管理システムで使用される部品で、一般的には冷却剤を異なる部品からヒートシンクに効率的に分配するために使用される。またキャピラリー構造とは、毛細管現象を利用して流体を輸送するシステムを指し、ポンプなどの外力を使わず、液体と材料表面の間の分子間力によって狭い空間を液体が流れる原理である。

今回開発された冷却システムは、「マイクロ流路チップ」と「マニホールドチップ」という2枚にシリコン基板で構成される。マイクロ流路チップには微細な流路が、マニホールドチップには冷却水を効率的に分配する太いマニホールド(水路)が形成されている。マイクロ流路の側壁付近には、マイクロピラー(微細な柱)が設けられ、これがキャピラリー構造として機能する。これらの構造により、水の薄膜が発熱するシリコンに接触しやすくなり、効率的な冷却を実現するという。

  • マイクロ流体デバイスの模式図

    マイクロ流路層とマニホールド層を組み合わせたマイクロ流体デバイスの模式図(出所:東大プレスリリースPDF)

冷却の原理については、冷却水はまずマニホールドチップの入口から複数のマニホールド流路に流れ込み、その後、マイクロ流路チップの微細な流路へと分配される。マイクロ流路内では水の薄膜が熱を吸収し、一部は蒸気となり気化熱でチップの熱を奪う。水蒸気は主にマイクロ流路の中央部を通り、マニホールド流路に戻り出口から排出。流入する冷却水と排出される温水はマニホールド流路内で分離され、効率的な熱輸送を実現する。

実験の結果、9個のマニホールド構造を持つ設計は、1cm2あたり700Wの高い熱処理能力(臨界熱流束)を達成。加えて、マニホールド構造を持たない従来設計と比較して、水流抵抗(圧力降下)を62%も低減した。これは、マニホールド構造が水路内の流速を抑制し、水の移動距離を短くしたことによる。

  • 水流抵抗の60%以上の低減および高い放熱性能と安定した冷却を示すデータ

    (a)マニホールドの導入により、水流抵抗の60%以上の低減と、高い放熱性能を示すデータ。(b)キャピラリー構造による安定した冷却を示すデータ(出所:東大プレスリリースPDF)

マイクロピラーを側壁に設けた場合、452W/cm2以上の熱負荷でチャネル壁面の温度変動が大幅に減少し、安定した冷却が確認された。これは、マイクロピラー構造によって壁面に水の薄膜が保持され、水蒸気を主に流路中央に流すためである。この構造により高温壁面が常に水と接触し、沸騰蒸気と分離されることで安定冷却が可能になるとした。

今回の冷却システムの性能を客観的に評価するため、他の研究チームによって開発された既存の水冷技術との比較が行われた。その結果、冷却効率を表す「性能係数」(冷却に必要なポンプの消費電力に対し、輸送可能な熱量を示す指標)が10万超という、極めて高い値が記録された。さらに、冷却水の半分以上が蒸気に変換され、水の気化熱の有効活用も実証された。この高効率と低流動抵抗の組み合わせは、小型のマイクロポンプでの十分な冷却を可能にする見通しだという。

  • 水を使用したマイクロ流路での二相冷却における臨界熱流束と性能係数のベンチマーク

    水を使用したマイクロ流路での二相冷却における臨界熱流束と、性能係数のベンチマーク(出所:東大プレスリリースPDF)

今回の技術は、今後の半導体チップの高性能化・小型化に伴う熱管理への応用が期待されるとする。特に、現在のAI技術においては、膨大な数の高性能半導体が利用され、その冷却に莫大な電力が費やされている。今回の成果を応用することで、AI産業の発展を熱管理の側面から支援し、エネルギー消費量の削減、ひいてはカーボンニュートラル達成への貢献も期待されるとしている。