東京都立大学(都立大)は4月11日、30年近く謎だとされていた、ブラックホールが外部の影響を受けて放出する特定の周波数の重力波(準固有振動)の規則的なパターン中に、原因不明の“不協和音”のようにずれる1つの奇妙なモードについて、実は2つのモード間で起こる「擬交差」という共鳴現象に起因することを解明したと発表した。

  • 今回の研究成果の概念図

    ブラックホール重力波の「不協和音の謎」に潜む共鳴現象の発見に成功した今回の研究成果の概念図(出所:都立大Webサイト)

同成果は、都立大大学院 理学研究科の本橋隼人准教授によるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

ブラックホールは、複数の同天体の衝突・合体などにより重力波を放出する。その重力波は、準固有振動という多数の減衰振動の重ね合わせであり、観測を通じて放出元のブラックホールの性質を探求することが可能だ。28年前、日本における一般相対性理論に基づく数値計算の結果、規則的に並ぶ多数の準固有振動モードのうちの1つのみが、不協和音のような異常な値を示す現象が発見された。ただしその後のコンピューターの性能向上による精密な数値計算でも結果は変わらず、物理的起源が不明な未解決問題となっていた。

そこで本橋准教授は今回、既存手法を改良した高精度数値計算プログラムを開発。一般相対性理論に基づき、ブラックホール重力波の準固有振動の周波数、減衰率、そして“波の大きさ”に相当する励起因子を数値計算し、長年の謎の解明に挑んだという。

  • ブラックホールの自転速度の変化に伴う準固有振動の周波数と減衰率の変化

    ブラックホールの自転速度の変化に伴う準固有振動の周波数と減衰率の変化。1つのモード(図中のω225)のみが、「不協和音」のように規則的な並びから逸脱している。長年、このモード単独の現象とされてきたが、実はもう1つのモード(図中のω226)とペアで生じる共鳴現象であることが判明した(出所:都立大Webサイト)

そして計算の結果、不協和音のような現象の発生時、2つのモードの励起因子が特徴的な8の字形を描くことが判明。この特徴は、他のモードには見られないものだといい、これまで単一モードの異常と考えられてきたが、実は2つのモードの関与する可能性が示唆されたのである。

  • 緩やかな反発に応じて8の字形に増幅される励起因子と他のモードの励起因子との比較

    (左)画像2で起こる緩やかな反発に応じ、8の字形に増幅される励起因子。(右)他のモードの励起因子の向きと大きさを揃えたもの。8の字形は見られない(出所:都立大Webサイト)

さらに多様なケースの数値計算の結果、同様の現象がより鮮明に現れるケースが相次いで発見された。共通の特徴は、2つのモードの周波数と減衰率が接近すると反発が生じ、励起因子が特徴的な8の字形を描きつつ大きく増幅されるという点。これは、ブランコを漕ぐ際にその周期に合わせて身体を動かすと揺れ幅が大きくなる現象など、日常生活でも頻繁に見られる共鳴現象に類似するという。

  • 異なる準固有振動モードの周波数・減衰率において継続的に生じる反発と8の字形に共鳴増幅される励起因子

    異なる準固有振動モードの周波数・減衰率において継続的に生じる反発(左)と、各反発に対応して8の字形に共鳴増幅される励起因子(右)。反発の鋭さに応じ、多様な8の字形が現れる(出所:都立大Webサイト)

そこで本橋准教授はさらに、今回の共鳴現象の理論的説明を試みたとのこと。本橋准教授が以前より並行して進めていたという「非エルミート物理学」に基づく、準固有振動の新しい理論の枠組みに関する研究を応用できる可能性が検討された。なお非エルミート物理学とは、不安定原子核や開放量子系など、エネルギー散逸や増幅が関与する系で自然に現れる、エルミート性が破れる物理系を扱う分野である。

そして研究の結果、準固有振動の反発現象は量子力学で知られる「擬交差」と類似の性質を持つことが判明。擬交差とは、2つのエネルギー準位が接近した際、互いに反発することで交差を回避する現象を指す。つまり、ミクロの世界と同様の現象が、マクロの世界でも発生していたということである。非エルミート物理学の理論を用いた擬交差の計算により、「例外点」近傍で準固有振動が双曲線に沿って反発することが導かれ、数値計算結果との一致が示された。

次に、励起因子の8の字形の増幅の導出に関し、多数の計算結果が精査された。すると、鋭い反発が生じる場合、完全な8の字形が必ず現れることが確認された。この数値計算結果に「レムニスケート(8の字)曲線」を重ねると、完全に一致。極座標で表すと、双曲線とレムニスケートはちょうど逆数の関係にあることから、この関係を突破口とし、擬交差における共鳴現象の理論的な導出に成功したという。これにより、共鳴現象は特殊な現象ではなく、重力波や電磁波などで広く起こる一般的な現象であることが証明されたのである。

  • 双曲線とレムニスケート

    双曲線(左)とレムニスケート(右)。画像4の破線が双曲線とレムニスケートであり、数値計算結果と一致することが見て取れる。この発見が、共鳴の理論的導出の突破口となったという(出所:都立大Webサイト)

今回の共鳴現象は、ブラックホールの性質探求の新たな指標として活用することが可能だ。特定の準固有振動モードが大きく増幅されるという特徴を利用すれば、重力波の観測データからブラックホールやその周囲の物質を、従来とはまったく異なる視点から分析できるようになる。今回の手法は、今後の重力波天文学において、より詳細なブラックホール研究を可能にする重要な要素となる可能性があるとした。

研究チームによると今回の研究成果は、約30年にわたるブラックホール重力波の“不協和音”という謎を解明し、ブラックホール物理学の理解を大きく前進させたことに加え、非エルミート重力物理学という新たな学術領域を拓くものとしている。