順天堂大学、北里大学、理化学研究所(理研)の3者は4月3日、アルテミス計画などで想定される月面や月周辺、さらには火星といった「深宇宙」の過酷な放射線環境下において、医薬品の品質保持は重要な課題であることから、全身麻酔薬「プロポフォール」への高速中性子線照射による影響を検証した結果、最大4グレイ(Gy、放射線の吸収線量の単位)までの照射では、同麻酔薬の分子構造や品質にほとんど変化がないことを初めて示したと共同で発表した。
同成果は、順天堂大 保健医療学部 診療放射線学科の初田真知子教授、同・山倉文幸客員教授、順天堂大 医学部 総合診療科学講座の内藤俊夫主任教授、順天堂大の代田浩之学長、北里大 理学部化学科の長谷川真士教授、丸石製薬 開発本部メディカル部の中村公昭部長、理研 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チームの小林知洋専任研究員、同・高梨宇宙研究員、同・若林泰生研究員、同・大竹淑恵チームディレクターらの共同研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンス分野の宇宙環境による影響を扱う学術誌「Life Sciences in Space Research」に掲載された。
人類が今後、長期的な活動や有人探査を計画している月や火星は、地球のような地磁気と分厚い大気による保護がないため、太陽からの宇宙線や太陽系外から飛来する高エネルギーの銀河宇宙線の影響を受けやすい。加えて、銀河宇宙線と宇宙船の構造材との相互作用や、月・火星表面との相互作用で発生する中性子などの二次放射線の影響が大きいことも明らかになっている。
深宇宙のような過酷な放射線環境下では、医薬品の劣化や変質が懸念されており、宇宙環境で医薬品などの医薬物資を安全かつ長期に輸送・保管するには、宇宙放射線の影響評価と適切な対策が不可欠だ。しかし、医薬品が受ける放射線、特に中性子の具体的な影響はこれまでほとんど評価されてこなかった。そこで研究チームは今回、深宇宙における宇宙船内での全身麻酔を想定し、短時間作用型の静脈麻酔薬であるプロポフォールへの高速中性子の影響を調べたという。
宇宙船内の閉鎖空間では、汚染リスクがあるため吸入麻酔は使用できず、静脈麻酔が想定されている。今回の研究では、深宇宙の中性子線環境を模擬し、理研の小型中性子源システム「RANS」を用いて、1~5メガ電子ボルト(MeV)の高速中性子ビームを、プロポフォール製剤(有効成分と乳化剤によりミセル構造で水に分散)およびプロポフォール試薬(有効成分単体の2,6-ジイソプロピルフェノール)に対し、最大4Gy(火星往復では約0.7Gy)まで照射。その分子構造の変化を、プロトン核磁気共鳴(1H-NMR)、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)、光学顕微鏡を用いたミセル粒子径観察と色調変化によって評価された。