NTTは、出力できる量子ビットの状態に制限がある「弱い」量子コンピュータに、1量子ビットを追加するだけで、制限を完全に取り除き、フルスペックにする手法を世界で初めて開発したと発表した。同社では、量子コンピュータの新しい開発方針を提供することができる成果と位置づけている。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所メディア情報研究部 准特別研究員の竹内勇貴氏は、「20年以上前から研究されている量子状態万能性と計算万能性の差が1量子ビットしかないことを解明し、定量的な理解ができるようになった。また、実用性においては、計算万能量子コンピュータが実現しても、多くの人が目指しているフルスペックな量子状態万能量子コンピュータの実現につながるかどうかは不明であったが、今回の研究成果による『変換』を用いることで、計算万能量子コンピュータから量子状態万能量子コンピュータを作ることができる」と述べた。また、「今回着目した測定型量子計算は、量子コンピュータのクラウド化にも有用であると考えている」とも語った。

  • NTTコミュニケーション科学基礎研究所メディア情報研究部 准特別研究員の竹内勇貴氏

    NTTコミュニケーション科学基礎研究所メディア情報研究部 准特別研究員の竹内勇貴氏

量子コンピュータは、量子の重ね合わせにより、複数の計算を並列処理できる特徴を持つとともに、出力時に古典コンピュータと同じくビットを出力する「古典出力」と、量子ビットをそのまま出力する「量子出力」の2種類の出力が行える特徴がある。

量子シミュレーションを行った際に、エネルギーの値などを数値として出力する「古典出力」は、古典コンピュータが苦手な問題を高速に解けるといった用途に活用。エネルギーの値が持つ物質を量子ビットとして表現する「量子出力」は、広範囲の量子処理を可能にし、1台目の量子コンピュータで出力した量子ビットを、2台目の量子コンピュータの入力に使用するなど、より複雑な量子情報処理を可能にすることができる。

量子コンピュータの性能は、「万能性」という言葉で表現され、あらゆる量子情報処理に利用可能な性能を示す「量子状態万能性」と、古典コンピュータの単なる高速な代替物とされる「計算万能性」にわけることができる。

「量子重ね合わせ利用ができるものが量子コンピュータであり、そのうち、任意の古典出力ができないものを非万能量子コンピュータ、出力ができるものが計算万能コンピュータとなり、『弱い』量子コンピュータと呼ばれるものになる。その一方で、任意の量子出力が生成できるものは量子状態万能量子コンピュータとなり、フルスペックの機能を持つことになる。『弱い』量子コンピュータは、古典コンピュータよりも速い計算はできるが、あらゆる量子情報処理には利用できないという課題がある。今回の研究成果は、量子状態万能な量子コンピュータの開発を直接目指すアプローチとは異なり、計算万能な『弱い』量子コンピュータを経由する新しい開発アプローチを開拓することにつながり、今後の量子コンピュータ理論の発展および実機開発に大きく貢献する」と見ている。

  • 今回の研究の背景
  • 今回の研究の背景
  • 今回の研究の背景
  • 今回の研究の背景 (出所:NTT)

今回の研究の発端は、測定型量子計算において、計算万能性と量子状態万能性の差がどれだけ大きいかを調べることを目的にしたものだという。

  • 今回の研究の目的

    今回の研究の目的 (出所:NTT)

光量子計算機の実現に適した方式として用いられているのが測定型量子計算であり、リソース状態(エンタングル状態)を準備し、これを測定することでリソース状態の成形を行い、必要のない量子ビットを読み出しによって削除。電子回路の形を再現することで、量子計算を行うことができる。

NTTの竹内氏は、「これまでにも『計算万能なリソース状態』と、『量子状態万能なリソース状態』が数多く見つかってきたが、ここに、どれぐらいの差があるのかは未解明であった。また、『計算万能なリソース状態』を『量子状態万能なリソース状態』に変換する方法も未発見であった。今回の研究成果では、計算万能なリソース状態を、たった1量子ビットを追加するだけで、量子状態万能なリソース状態に変換可能なことを明らかにした。これは、『計算万能なリソース状態』と『量子状態万能なリソース状態』には、1量子ビットの差しかないことを明らかにしたともいえる」と述べた。

量子ビットを追加することで情報処理能力を高める技術は、量子情報分野で精力的に研究されており、ここでは、量子誤り訂正で用いられるマジック状態注入などが有名だ。しかし、マジック状態注入では、量子アルゴリズムで用いられるユニタリ行列を実現する場合、問題のサイズに応じて追加する量子ビット数を増やす必要があった。今回の変換手法では、量子誤り訂正とは異なる用途で使用されるものの、問題のサイズに影響せずに、常に1量子ビットの追加しか必要としないというのが特徴となっている。

また、計算万能量子コンピュータが実行できる操作は、アダマールゲート(H)と、制御制御Zゲート(CCZ)の2つであり、これを組み合わせて量子計算を行うと出力できる量子ビットの状態は、実ベクトルで表現された限定的なものとなるが、今回の研究成果は、入力のための1量子ビットを、|+i>(ケットプラスアイ)という特殊なものに置き換えると、任意の複素ベクトルにより、任意の量子状態を作ることができるようになることがわかったという。

具体的には、計算万能なリソース状態に含まれる適切な1量子ビットを、パウリγ固有状態|+i>≡(|0>+i|1>)/√2という特別な状態に置き換えることで、量子状態万能なリソース状態に変換できることを発見した。

「変換で追加した|+i>と、計算万能な量子ゲートであるHおよびCCZだけを使って、不足している位相ゲート(S)を無限に実行可能になる。HとCCZに加えて、Sを実現し、これらを組み合わせることで、量子状態万能性を満たすことができる。適切な量子性の尺度を用いることで、両万能性のリソース状態には差が無いことも示した」としている。

  • 今回の研究成果
  • 今回の研究成果
  • 今回の研究成果 (出所:NTT)

HとCCZを実行できる計算万能性を持った量子コンピュータであれば、既存のものや未知のものでも、今回発表した「変換」が利用できるという。

  • 研究成果の詳細

    研究成果の詳細 (出所:NTT)

「弱い」量子コンピュータで、フルスペックの量子コンピュータを実現できることにより、量子コンピュータの新しい設計方針にも影響を与えることが想定され、将来的には、量子コンピュータの実現や応用における様々な課題を克服することができるとしている。

なお、同成果の詳細は「Physical Review Letters」に掲載された。