北海道大学(北大)、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)、京都大学(京大)の3者は3月25日、窒素原子2つと炭素原子1つで構成される2価の陰イオン「カルボジイミドイオン」で構成される「超セラミックス」について、乳鉢と乳棒を用いた人手による粉砕で相転移が起きることを初めて実証したと共同で発表した。
同成果は、北大大学院 工学研究院の鱒渕友治准教授、同・樋口幹雄准教授(研究当時)、北大大学院 総合化学院の山本侑瑞樹大学院生、同・久米和樹大学院生、同・宮崎涼花大学院生(研究当時)、北大大学院 理学研究院の篠崎彩子助教、JAIST サスティナブルイノベーション研究領域の宋鵬氏(現・東北大学助教)、同・本郷研太准教授、同・前園涼教授、JAIST 先端科学技術研究科のサイード・サリア・ハサン大学院生、京大大学院工学研究科の生方宏樹特定助教、同・陰山洋教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
化学組成を維持したまま、温度や圧力などの変化によって同じ物質の結晶構造が変化する現象は「構造相転移」と呼ばれる。例えば、グラファイト型の炭素は10万気圧以上もの高圧によってダイヤモンドに相転移し、硬度が劇的に向上する。一般的に、構造相転移には高温や高圧といった特殊な条件が必要となる場合が多いが、比較的柔らかい有機化合物においては、試料を粉砕したりこすったりする機械的刺激で相転移が誘起されることが知られており、その応用として刺激応答性の発光材料などへの展開が期待されている。
一方、金属酸化物などのセラミックスは有機化合物と比較して一般的に硬く、化学的にも安定であるため、機械的刺激による構造相転移は知られていなかった。従来のセラミックスは、酸化物イオンや塩化物イオンなどの単原子アニオン(陰イオン)で構成されていたのに対し、複数の原子によって形成される分子アニオンを含むセラミックスは“超セラミックス”と呼ばれ、分子アニオンの寄与による特徴的な構造相転移が期待されていた。
カルボジイミドイオン(NCN2-)は、1個の炭素を中心に2個の窒素が結合した、2価の陰イオンだ。一般的なイオンが1つの原子から構成されるのに対し、3つの原子から構成され、かつ直線状の形状を持つ点が特徴である。研究チームは今回、このカルボジイミドイオンにバリウムおよびストロンチウムをもちいて、「マルカサイト型構造」(鉱物の一種のマルカサイト(FeS2)の結晶構造と類似の構造)の新しいカルボジイミド化合物「Ba0.9Sr0.1NCN」を合成。この化合物は岩塩型構造に類似の原子配置を取ることから、塩化セシウム型類似構造へと相転移する可能性を考察し、調査を開始したという。
研究チームはまず、ダイヤモンドアンビルセルを用いて、Ba0.9Sr0.1NCNに静水圧を印加し、高圧下での相転移を調査。実際に相転移を確認した後、乳鉢と乳棒を用いた粉砕(機械的刺激)によっても同じ構造相転移が生じるかどうかが実験された。すると、0.3GPaの圧力で塩化セシウム型構造への相転移が確認されたという(乳鉢乳棒での粉砕による構造相転移は、X線回折パターンやラマン分光スペクトルが、静水圧下で得られる高圧相転移と同じように変化したことで確認された)。なお、この0.3GPaという圧力は、類似の単原子アニオン化合物と比べて約1桁小さく、カルボジイミドイオンの圧縮でなく、直線状分子であるカルボジイミドイオンの配向変化が関連していることが考察された。加えて、試料にユウロピウムイオン(Eu2+)を添加すると、粉砕による相転移によって非発光性から赤色蛍光体へと変化することも明らかになったとする。
さらに、粉砕による構造相転移のメカニズムを調べるため、物質の構造変化や化学反応の経路を解析する計算手法である「VCNEB法」を用いて、構造相転移中の原子の動きが可視化された。その結果、各原子が互いにずれ動くように変位することが明らかになり、粉砕工程で粉末に加わる横方向の応力によって原子のずれが誘起され、高圧相への相転移が引き起こされたと結論付けられた。
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相転移中の原子の変位を可視化した図。マルカサイト型構造をb軸方向から見た模式図(a)と、c軸方向から見た模式図(b)。相転移中でBaイオン(緑)の層はc軸方向にずれ動き、カルボジイミドイオン(茶色:C、灰色:N)は回転して互いに直交する(出所:JAIST Webサイト)
従来のセラミックスは一般的に非常に硬く安定であるため、低い圧力や粉砕による応力では構造変化を示さない。しかし今回の研究により、カルボジイミド化合物は、アニオンのサイズの変化に加えて、その配向が変わることによっても結晶構造が容易に変化し、非常に低い圧力や粉砕工程においても構造相転移が誘起されることが明らかになった。研究チームはこの特性について、セラミックスの有する多様な光学特性や電磁気特性が圧力や応力で変化する、新規な圧力センサや応力センサなどへの応用が期待されるとしている。