多岐にわたる産業分野においてさまざまな半導体製品を提供するアナログ・デバイセズ(ADI)は、高い性能によって市場での差別化を実現したハイエンド磁気センサの製品群を展開している。そして同社は、レジリエンス向上や部品点数削減に貢献する新技術を採用した磁気センサとして「ADMT4000」を発表。今回は、ADIの磁気センサ技術グループでプロダクトアプリケーションマネージャーを務めるChristian Nau氏へのインタビューを通じ、同社が提供する磁気センサの強みや新製品・新技術の特徴について紹介する。

  • ADIのChristian Nau氏

    ADI 磁気センサ技術グループのChristian Nauプロダクトアプリケーションマネージャー

ハイエンド磁気センサの開発に注力するADI

近年、産業界ではロボティクス技術による自動化に向けた取り組みが進められ、作業現場には数多のロボットが導入されている。また自動車業界では、その加速度に波はあるものの電気自動車の普及が広がり続けており、電気的制御技術への需要は拡大している最中だ。こうした流れに伴い、各業界における“センサ”の重要度も急速な高まりを見せていて、製品全体はおろか、部品の1つをとっても多くのセンサが搭載され、産業界全体で見ればその搭載数は数えきれないほど。そんなセンサ市場では現在大部分を汎用製品が占めているといい、求める装置の性能を実現するために複数のセンサを組み合わせて使用しているという。

しかし技術の発展が続く中では、センサおよび最終製品に求められる性能への要求も厳しくなっており、汎用センサの組み合わせでは実現できない場合や、実現できても搭載するセンサ数が多く、コストやサイズの面でデメリットが生まれるという課題が生じている。こうした背景から、ADIは性能面に特化することで汎用センサとの差別化を図ることができるハイエンド向けセンサの開発に注力してきたとのこと。特にここ10年ほどにわたり、磁気抵抗のメカニズムを活用したハイエンドセンサの開発に取り組んでいるとする。

ADIが磁気センサとして最初に上市した「ADA4571」は、AMR(異方性磁気抵抗)を利用した製品で、一般的な汎用センサに比べて精度が高く応答速度が速い点を特徴とする。同製品は、主に車載用途においてスタータージェネレータや電気ブレーキ、パワーステアリングなどにおいて強みを発揮し、産業向けでもプロセスのモーションコントロールに用いられ、デュアル版である「ADA4571-2 Dual」と共に幅広く提供を行ってきた。また、強い電磁波や高いノイズ値などの過酷な環境下でもADA4571と同等の性能を発揮する「ADA4570」も開発しており、AMRセンサとしてのラインナップを拡張してきたADIの製品群は、前述の通りセンシング精度の高さや応答速度の速さが評価され、多くの販売につながっているとしている。

しかしこれらの磁気センサが抱える課題に、角度センサとして1回転(360°)までしか測定できない点があったとのこと。それ以上の複数回転を測定する必要がある用途では、電源を常につないでいれば回転数と角度を検出し続けられる場合もあるものの、停電時などには回転数の測定ができず、レジリエンスの面で懸念が残されていたという。またシステムレベルでセンシングを行うという手法もあるが、サイズ・コストの両面で改善の余地が残されていた。

電源不要の「マルチターン技術」搭載新製品

こうした背景からADIが開発を進めているのが、“True-Power-On”のマルチターン技術だ。同技術は、電力供給が行われていない間でも複数回転のセンシングを可能にするというもの。同社が発表した「ADMT4000」は、この技術が搭載された製品として初めての上市例だという。

同製品の開発において核となるのが、GMR(巨大磁気抵抗効果)。“形状異方性”の原理をもとに、磁石の回転に伴って磁界の方向も変化するという特性を活用しており、電源供給が無い状況で動いた場合でも、機器に残された電気抵抗値から90°単位で46回転まで回転数を割り出すことが可能だとする。またADMT4000内には、±0.25°の測定精度を持つAMR角度センサも搭載し、通常時は高精度での測定が可能。両センサを組み合わせて測定した結果を標準的なインタフェースで出力できるとする。

なおリードスクリューを用いたデモンストレーションでは、電源供給時はもちろん、電源喪失時でも正確に回転数をセンシングする様子が確認できた。こうしたユースケースの場合に生じるメリットとしては、まず停電時などのレジリエンス向上が挙げられる。また汎用センサを用いる場合には、モーターに取り付ける角度センサに加えてリニアセンサを搭載する必要が生じるが、ADMT4000では回転数から移動距離を割り出すためリニアセンサの搭載が不要となる。そのため部品点数や製品サイズの削減により、空間やコストの効率化に貢献できるとした。

  • 製品デモの様子

    リードスクリューを用いた製品デモの様子。回転数や対象物体の位置が画面(左下)に表示され、電源オフの状態で回転させた際にも、電源との再接続時にはオフ時の回転数を加えた数値が表示された

  • ADMT4000の搭載によるリニアセンサ削減の概要図

    ADMT4000の搭載により、物体の位置を認識するリニアセンサが不要になる(提供:ADI)

このADMT4000が強みを発揮するユースケースとしては、産業用ロボットや協働ロボットが挙げられた。最も大きなメリットが生まれる状況としては“工場の停電時”が想定されるといい、停電時にもジョイントの角度をセンシングすることでロボットの位置を把握できるため、復旧時の確認作業を削減しメンテナンスコストの削減に寄与するとしている。

  • ロボットアームにおけるADMT4000の搭載可能位置

    ロボットアームだけを見ても、ADMT4000が搭載できるジョイントは数多く存在する(提供:ADI)

新方式へのフィードバックをもとにさらなる機能向上へ

Nau氏によれば、ADMT4000のメイン市場は同社の従来センサと同じく車載および産業用途向けが想定されるとのこと。部品搭載スペースに対する要求が厳しい車載用途においては、複数センサの機能を統合し1つに収める同製品を導入することで、製品を搭載した時点で大きなメリットが生まれるという。一方で産業用途では運用の面でも大きな価値を生むとしており、停電からの復旧時間を短縮できるのは前述した通り。また停電時に備えて角度センサ用に予備バッテリーを用意している場合などは、ADMT4000であればその必要がなくなる。さらにバッテリーが搭載されないことで交換・メンテナンス作業が削減されることから、保守作業の面でも効率化に貢献できるとした。

ADIとして直接顧客となる主なターゲットは、センサを組み込むモーターやウィンチなどのメーカーになるというが、それらメーカーに加え、その先でモーターを活用する最終製品メーカーからもADMT4000に対する興味は寄せられているといい、その産業領域も非常に多岐にわたるとする。特にロボティクスの面では、産業用ロボットや協働ロボットに加え、さまざまな企業が開発競争を激化させているヒューマノイドについても、部品搭載数を削減できる新センサの可能性に期待が集まりつつあるという。

業界の常識を変えるメカニズムを搭載したADMT4000について、Nau氏は「センシング方式として新しい考え方を採用した製品であるため、恐らく顧客側でも時間をかけた検討が行われていくと思う」としながらも、「幅広い用途で多くの顧客とコミュニケーションを取りながら、この製品がニーズに合っているのかのテストや、今後のアップデートに向けた意見など、たくさんのフィードバックを得たい」と話した。

  • ADMT4000の展望を説明するNau氏

    ADMT4000について「さまざまな顧客からのフィードバックを得るのが楽しみ」と語ったNau氏

“既存の汎用センサをどれだけ効率的に使いこなせるか”が勝負だった市場に、1製品で複数部品の役割を担う革新的技術を採用した新製品を投入したADI。市場を変えうるADMT4000はどれだけのインパクトを生み出すのか、そしてこれからADIのセンサは顧客の声を受けてどのような進化を遂げていくのか、注目したい。