新潟大学(新大)と東京大学(東大)の両者は2月28日、アルマ望遠鏡を用いた観測により、有機分子などを含む氷が豊富に付随していることは知られていたもののその性質が不明だった2つの氷天体の分子ガスを分析した結果、既知のどの天体の特徴とも一致しない、新しいタイプの氷・有機分子生成の場である可能性が示唆されたと共同で発表した。
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(左)アルマ望遠鏡が捉えた謎の氷天体からの分子輝線放射。背景の画像は、波長1.2μmの光を青で、4.5μmの光を赤で色付けした赤外線カラー合成図(赤外線天体のカタログを作成したプロジェクト「2MASS」および「WISE」のデータに基づいて作製された)。(右上)「あかり」により観測された左図上側の天体の赤外線スペクトル。氷や塵による吸収バンドが見られる。(右下)2つの氷天体の天の川銀河の銀河面上での位置(ESA/Gaia/DPACの画像が改変されたもの)。(c) ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), Shimonishi et al. , ESA/Gaia/DPAC(出所:新大プレスリリースPDF)
同成果は、新大 自然科学系 理学部・大学院自然科学研究科の下西隆准教授、東大大学院 理学系研究科の尾中敬名誉教授、同・左近樹准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
2021年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の赤外線天文衛星「あかり」(運用期間:2006年2月~2011年11月)の観測データから、天の川銀河の「たて・ケンタウルス腕」の方向に位置し、赤外線で明るく輝く2つの天体が発見された。星間塵を核に生成される氷(星間氷)が豊富に付随しており、観測時に確認された吸収バンドから、水や二酸化炭素、一酸化炭素、メタノールなどが検出された。通常、このような星間氷は形成途上の星や惑星、星の母体となる分子雲などに加え、極めて稀にだが、激しく質量放出中の年老いた星でも検出される。しかし、両天体はそのいずれとも異なっていたことから、研究チームは今回アルマ望遠鏡を用いて、約0.9mmの波長で両天体を観測したとする。
そして観測の結果、これまで不明だった謎の氷天体のさまざまな物理・化学的性質が明らかにされた。ガスの視線方向の速度から、両天体は3~4万光年ほどにあると見積もられた。天球面上で両天体は3分角程度と近接しており、色や明るさ、星間氷の性質もよく類似していた。しかし、運動速度はまったく異なっていたため、両天体は異なる距離に存在する独立した天体であることが判明した。
氷が付随する天体は、低温かつ大量の星間塵に深く埋もれているため、遠赤外線からサブミリ波域の「星間塵熱放射」が検出されると予測された。しかし今回の観測では、両天体から星間塵熱放射は検出されず、氷が検出されている既知の天体の特徴とは異なる、特殊なエネルギー分布を示すことが突き止められた。両天体は、生まれたばかりの星より、もしろ極めて稀に氷が観測される年老いた星に近いエネルギー分布が示された。ところが年老いた星では、「複雑な有機分子」(天文学では6個以上の原子からなる有機分子のことをこう呼ぶ)を含む氷が検出された例はこれまでになかったとする。
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謎の氷天体のエネルギー分布図。氷が付随する天体としては、生まれたばかりの星や原始惑星系円盤を有する若い星、激しい質量放出を行う年老いた星などが知られているが、今回の天体の特徴はこれらの既知の天体のエネルギー分布の特徴とは一致しない。(c) Shimonishi et al.(出所:新大プレスリリースPDF)
また、両天体に付随するガスの分子組成も解明され、非常にコンパクトな分布を持つ一酸化炭素と一酸化ケイ素の分子輝線のみが検出された。分子輝線の強度比から[一酸化ケイ素/一酸化炭素]の分子存在度比は0.001程度と見積もられ、これは通常の分子雲では見られないほど高い値だったという。一酸化ケイ素が豊富に検出されるのは、激しい衝撃波の影響で星間塵が破壊されている領域に限られる。両天体から、ガスが激しく運動していることを示す幅の広い分子輝線が検出されたことからも、天体にはガスを強くかき乱すエネルギー源が付随していると考えられるとした。
加えて研究チームは、天体の大きさに対する情報も得られたとする。以前の両天体に対する赤外線分光観測では、氷や塵による深い吸収バンドが見られ、多量の塵やガスの存在が示唆されていた。一方、今回の輝線として観測された一酸化炭素分子から予想されるガスの量や、サブミリ放射の非検出から予想される塵の量の上限値は、吸収バンドから予測される量と比べて遥かに小さい値だったという。この矛盾は、天体の放射領域の大きさに比べて望遠鏡のビームサイズ(空間分解能に相当)が大きな場合に生じる「ビーム希釈効果」で説明可能だ。しかしその場合、天体のサブミリ波放射領域のサイズとしては、100~1000天文単位という非常にコンパクトな天体を考える必要があるとする。太陽~海王星間は約30天文単位であり、それと比べると100~1000天文単位は巨大に思えるかもしれないが、分子雲はその100倍以上の大きさを持つため、星間空間に漂うガスや塵の塊としてはかなりコンパクトな部類である。
氷や塵をまとい、孤立し、複雑な有機分子の氷を生成する環境を持ち、ガスをかき乱す激しいエネルギー源が付随し、近・中間赤外線でのみ明るく輝く、コンパクトな天体。その正体は、現時点では不明である。今後、アルマ望遠鏡によるを用いたより高解像度観測や、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などを用いた星間氷・塵のより詳細な観測が進むことで、謎の氷天体の正体が明らかになることが期待されるとしている。