東北大学と信州大学(信大)の両者は、固体中の光反応性と強誘電性の共存は、極めて緻密な分子設計と分子配列制御が必要であることからこれまでは実現されていなかったが、有機合成化学と超分子化学の手法を駆使し、固体中の分子配列を精密に制御することで、外部電場に応答する双極子モーメントの反転運動による強誘電性と光二量化反応の両者が共存した新規なハイブリッド材料の開発に成功したと、2月27日に共同発表した。
同成果は、東北大大学院 工学研究科の張雲雅大学院生(研究当時)、同・大学 多元物質科学研究所の芥川智行教授、信大 学術研究院 理学系の武田貴志准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
有機材料の物性は、分子配列様式やその運動性により支配され、適切な分子間相互作用の設計により物性制御が可能となる。それにって、これまで実現不可能だった機能の複合化を可能とし、メモリの高密度化や高感度センシング機能の発現につながると期待されている。
たとえば、外部電場による分極反転を示す有機強誘電体では、双極子モーメントを反転させるダイナミックな結晶空間によって実現される。双極子モーメントの反転は、結晶の分極状態において[0]と[1]の状態を実現し、外部電場を切ってもその状態が保持されるため、不揮発性メモリへの応用が期待される。
実際、強誘電性材料である「チタン酸ジルコン酸鉛」(PZT)などの無機材料は、不揮発性メモリとしてすでに活用されている。しかし、PZTには有害な鉛が含まれるといった課題も存在し、有害元素を含まない有機強誘電体が求められている。
一方で有機材料は、無機化合物では実現が難しい機能の複合化を設計できる可能性を秘めている。固体における「光異性化反応」や「光二量化反応」は、有機分子に含まれる「窒素二重結合」(-N=N-)や「炭素二重結合」(-C=C-)などの化学結合が、光や熱によって活性化されることで生じる「π電子系有機分子」に特有の現象だ。
このような背景から、有機強誘電体にさらなる外場応答性を付与できれば、新しい動作メカニズムに基づくメモリ材料の創製が期待される。有機強誘電体における、双極子モーメントの運動自由度の設計と光応答性は、有機分子の緻密な分子設計によって可能になる。
そこで研究チームは今回、有機合成化学と超分子化学という2つの手法を用い、固体中の分子配列を精密に制御することで、これまでに不可能とされてきた複数機能のハイブリッド化に挑戦することにしたという。
代表的な光反応性のπ電子系有機分子に、-C=C-結合が分子中心に存在する「スチルベン」が挙げられ、古くからその光二量化反応が検討されてきた。固体中での-C=C-結合における[2+2]光二量化反応は、超分子化学的手法によりスチルベンの分子配列様式を制御することで、設計可能となる。
今回、強誘電性の実現に有利に働くと考えられる「分子間アミド水素結合鎖」が着目され、新たにアルキルアミド鎖を有するスチルベン誘導体「C14SDA」の分子設計がなされた。同時にアルキル鎖の熱運動状態の違いも反映され、可逆的な連続相転移(S1→S2→S3→L)を示す新規化合物が開発された。
C14SDAの高温固相であるS3相では、アルキル鎖が部分的に融解し、一次元的な分子間アミド水素結合による双極子モーメントの分極反転に起因する電場-分極(P-E)曲線のヒステリシスを伴う強誘電挙動が示された。
一方、C14SDAの低温固相であるS1相では光二量化反応を示さなかったのに対し、熱的に揺らいだ高温相であるS2相とS3相は[2+2]光二量化反応を示し、固体中で反応生成物であるシクロブタン環が形成された。
強誘電体である高温固相のS3相では、光二量化生成物の生成と同時にスチルベンの「トランス-シス異性化反応」も観察された。さらに、S3相に電場を印加して光二量化反応が試みられたところ、分子の熱的な揺らぎが電場によって抑制されることで、-C=C-二重結合間の距離と対応した光反応収率の変化が観測されたとした。
今回の研究で見出された強誘電性と光反応性の共存は、鉛などの有害元素を含まない環境に優しいメモリ素子に、新たな制御因子である光応答性を付加し、今後の材料科学の発展に寄与する重要な知見となるという。
柔軟な結晶格子を有する有機分子の集合体構造の利点を最大限に活かすことで、分極反転ダイナミクスや光応答性など、従来は共存が難しいとされてきた機能のハイブリッド化が実現され、次世代の機能性有機材料や、新たな動作原理に基づいた高密度メモリ素子の実現につながることが期待されるとしている。