半導体製造装置の心臓部である半導体露光機大手3社が新たな成長戦略を打ち出した。唯一のEUV(極紫外線)露光機ベンダーである蘭ASMLは、次々世代微細化プロセスを可能にする高開口度(NA=0.55)機の普及を推進するため、露光機だけではなくフォトマスクなど次世代リソグラフィ技術基盤の整備にも注力している。
対してニコン、キヤノンの国内勢は、ArF(フッ化アルゴン)露光機事業の強化を進めることにした。露光機販売が低迷するニコンは業界標準といえるASMLのArF液浸機と互換性を持たせた新機種の開発に着手、シェア拡大を目指す。ArF機をもたないキヤノンはArFドライ方式露光機市場へ新規参入することでさらなる成長を図る。半導体露光機業界は技術革新を牽引するASMLを頂点に、日本勢が棲み分ける構図が明確になってきた。
独走するASML、高開口度EUV普及へ基盤整備
半導体業界はロジックもメモリーもプロセス微細化の動きが止まらない。TSMCは建設中の2ナノメートルプロセス対応量産工場である台湾・新竹市のFab20と高雄市のFab22を2025年内にも稼働する見通しである。米アリゾナのFab21でも、2028年以降に2ナノ品を量産するなど先端プロセスを牽引する。
2030年頃には2ナノメートル以下の微細化に対応する3次元トランジスタ「CFET」が登場しそうだが、このCFET生産に必須とされるのが高開口度のEUV露光機。解像度を上げるには波長を短くするのが有効だが、13.5ナノメートルのEUV光は限界といえ、あとは光学系を工夫して開口度を上げるしかない。
ASMLは、1台600億円ともされる高開口度露光機の初号機「EXE:5000」を2023年末にインテルに出荷済みだ。TSMCもインテルも半導体受託生産で勝ち抜くにはいち早く次世代プロセスを取り入れる必要があることから、いくら高くても高NA機は争奪戦である。
ただ露光機だけあっても微細化は進まない。周辺部材も同時に開発し、利用できる環境を並行して整備する必要がある。たとえばフォトマスク。高開口度機はNA=0.33の既存EUV露光機とは異なるアナモルフィック光学系であり、従来サイズのフォトマスクでは露光サイズが半減してしまう。巨大化するGPUダイへの対応も生産性向上も難しいことから、ASMLは既存15センチメートル角フォトマスクを2枚つなぎ合わせたステッチング方式を訴求してきた。
そして2024年9月、ASMLはベルギーのマイクロエレクトロニクス研究開発機関(IMEC)とともにフォトマスクやフォトレジストなどを含めて高開口度リソグラフィの実現に必用な準備が整ったと発表している。日本ではラピダスがやっとNA=0.33のEUV露光機を手に入れたところである。
なおASMLの2024年通期業績は売り上げが前年比2.5%増の283億ユーロ、純利益は同3%減の76億ユーロ、粗利益率は51.3%だった。そのなかで10〜12月期売り上げは高開口度EUV機2台を含む93億ユーロと、過去最高になった。同期の受注額71億ユーロのうち、30億ユーロをEUV機が占めた。EUV露光機の売り上げは前年比9%減の83億ユーロ(44台)だったが高開口度機の出荷は3台あり、すでに2台が稼働中という。
国内勢はArFに注力。ASML互換液浸に賭けるニコン
最先端リソグラフィを独走するASMLに対して国内勢はより熟成したプロセスであるArF(フッ化アルゴン)露光機の拡充を図る。最先端のEUVはASMLに任せて手をつけない。ニコンが液浸機、キヤノンがドライ機の開発を進めることにした。2030年になっても台数ベースでみればEUVはハイエンドに止まり、ArF液浸とKrF(フッ化クリプトン)露光機が多くの需要を占めるとみられる。
ニコンは2月に開催した、2025年3月期 第3四半期決算説明会で、ASMLのArF液浸露光機向けフォトマスクを流用可能なArF液浸機を半導体メーカーと開発中と発表した。かつて液浸技術の開発にしのぎを削っていた両者だが、いまや業界標準を握るASMLと互換性のあるプラットフォーム開発が現実的なシェア拡大戦略になっている。半導体工場に設置しやすい小型かつ高スループットのプロトタイプ「S6xx」(NA=1.35)を2028年度に出荷し、2030年以降には後継機も開発することにしている。ASML関連ではEUVリソグラフィの検査装置につかう光学部品事業も堅調であり、ASMLの位置づけがかつてとは違ってきている。
ニコンによると半導体露光機の市場規模は、2024年度予想の600台に対して同社は新品18台と中古10台を占める。2023年は同520台に対して同社は新品31台、中古15台。ビジネス環境の厳しさは続いていて10〜12月期の半導体露光機(新品)販売台数は2台(前年は11台)、4〜12月累計は6台(同22台)、3月期通期予想も18台(同31台)とみている。中古装置も通期予想は10台(前年実績15台)と低調に推移しそうだ。
新品・中古をあわせて通期予想を光源別にみると、ArF液浸3台(前年11台)、ArF5台(同8台)、KrF2台(同4台)、i線などが18台(23台)。半導体とFPD露光機をあわせた精機事業の通期売り上げげ予想は1,950億円(同2,193億円)、営業利益は90億円(同151億円)である。
キヤノンはドライ機に新規参入
キヤノンもニコンと同じくArF露光機を開発しているが、液浸よりもさらに熟成された60ナノメートル台プロセス対応のドライ機「FPA-6300AS6」を2025年下期に販売する見通しである。自動車やIoT(モノのインターネット)向けなどに用途が広い、i線(波長365ナノメートル)とKrF(フッ化クリプトン)で高成長を続けている同社は、いちだんと微細化プロセスに対応することでユーザー層を広げる。
続伸中の半導体とフラットパネルディスプレイ(FPD)パネル露光機からなる光学系事業の2025年売り上げ予想は、前年比20.6%増の3,055億円。このうち半導体露光機は前年比32%増の308台と2年連続で大幅増を見込む。生成AI向けGPUの需要拡大やメモリー需要の回復によるものだ。旺盛な需要に応えるため、同年6月頃に宇都宮市に新工場を完成予定である。なお2025年の半導体露光機売り上げを光源別にみると、KrFが76台(前年51台)、i線が232台(同182台)とみている。