信越化学工業・斉藤恭彦社長を直撃 生成AIなど新たなニーズが生まれる中、半導体事業の今後は?

自社の技術を生かし他社との連携も進める

 ー 信越化学は塩ビ、シリコンウエハーなど、会社の根幹を成す事業を築いてきました。今後10年、20年の中長期的な展望を聞かせてください。

 斉藤 幸いにして、現在取り組んでいる事業は業界と市場の中で地位を確立しています。これらを伸ばしていくことが重要です。今期の数値も前年比プラスで推移しています。しかし、現在の地位に安住してはいけません。新しいことにも取り組んでいます。

 ー 半導体関連にしても、今は生成AI(人工知能)など新たなニーズが生まれていますが、自社の強みをどう伸ばしていこうと?

 斉藤 私どもの材料を、お客様に使っていただかなければいけません。半導体業界は、お客様の数は決して多くはありません。限られたお客様に「信越化学の製品であれば間違いがない」、「必要なものを必要な時に届けてくれる」と頼っていただける存在である必要があります。

 半導体の技術については「ムーアの法則」(半導体集積回路の集積率は18カ月、または24カ月で2倍になる)は終焉したと言われましたが、今も改めて目を見張るような技術の進歩があります。材料は、その進歩を支える役割があり、しっかりお客様の要望を捉えていかなければいけません。

 私たちは技術の急速な進歩に食らいついていくとともに、少しでも先んじることができるように取り組んでいます。

 ー 独自の技術を追求すると同時に、他社との連携についてはどう考えていますか。

 斉藤 自前で全てやろうとは考えていません。しかし、自らの技術がしっかりしていなければ他社との連携もできません。例えば現在、当社は次世代のパワー半導体向け材料の開発に取り組んでおり、その中でGaN(窒化ガリウム)基板に注力しています。

 世界で様々なパワー半導体向け材料が競合している中で、当社は米Qromis社が開発したQSTⓇ基板(GaN成長専用の複合材料基板で、19年に信越化学がライセンス取得)を活用するとともに、開発には沖電気工業さんと共同で取り組んでいます。GaNデバイスはパワー半導体だけでなく、高速で大容量の通信を可能とするなど、非常に応用範囲が広いのです。

 特に今後、高電圧の電流を制御する目的での需要が期待できます。例えばデータセンターが高度化し、AI(人工知能)を兼ね備えたデータセンターへの投資が相当な勢いで進んでいます。

 AIは大量に電力を消費しますから、電力効率が極めて重要になります。この点で、GaNデバイスは大いに貢献します。

 GaNデバイスの拡大には、やはりコスト競争力を高めなければなりません。沖電気工業さん、スタートアップ、そして私たちがそれぞれ保有する様々な技術を掛け合わせることにより、最適な解を見つけようと考えて取り組んでいます。

 ー 海外で研究開発を進める考えもありますか。

 斉藤 まずは技術を確立させる。その技術をどこで形にしていくかは、その後の問題だと思います。

 ー 産・官・学連携という言葉がありますが、その中でも大学は研究開発をする上で重要な知の拠点たり得ます。どう連携を進めていきますか。

 斉藤 大学との連携の方法はいくつかあります。1つは大学が開発した、あるいは見出した技術を利用することです。これまでも適宜、必要な技術についてはライセンスを受けてきていますし、今後も同様に進めていきます。

 もう1つは、研究を大学に委託するという方法です。大学では知見を持った先生方、優秀な学生さんらが特色ある研究開発を進めており、それぞれ得意分野が異なります。

 ですから幅広く関係づくりをし、当社にできないこと、あるいは大学にやっていただいた方が効率的な分野の研究を委託しています。日本の大学だけではなく、海外の素材に強い大学とも連携しています。

「値付け」は経営の根幹

 ー ところで、斉藤さんが社長に就任して8年が経ちます。増益基調で来ています。この8年を振り返っていかがですか。

 斉藤 振り返れば、今おっしゃっていただいたように、一定の業績を上げることができました。しかし、株価でより高くご評価をいただけるよう努力を続けています。

 やはり大事なのは実績です。「過去はこうだった」、「これだけの結果を出した」と言っても、投資家は「それはもう終わったことだ」、「今後どうなるのか」と問うてきます。

 ですから、業績をさらに伸ばしていくことに取り組んでいます。それを投資家の方々にご理解いただくことが引き続き課題と考えています。

 ー PER(株価収益率)は約20倍、ROE(株主資本利益率)が約12%、PBR(株価純資産倍率)が約2.4倍と、化学業界の中では高いですね。

 斉藤 そうした指標をどの会社と比較するかが大事だと思っています。平均と比較するのではなく、「このくらいあって然るべき」という数値が私たちの中にあります。

 ー その意味でも市場との対話というのは、やはり大事ということになりますか。

 斉藤 はい。当社の大株主には機関投資家の方々が多いですが、そうした方々とは定期的に対話を進めています。

 ー 世の中全般に、原材料価格の上昇などインフレ状況になっています。価格上昇分の価格への転嫁は全産業的課題ですが、信越化学はどうですか。

 斉藤 日本企業が業績を伸ばせない要因の一つとして、値付けの仕方があると指摘されています。私たちは他社の状況をよく知りませんが、確かに日本はなかなか値上げをしづらい市場であると思います。

 当社の金川(千尋・前会長)が社長になって以降に進めた「金川流経営」の根幹は、やはり価格、値付けです。それは単に、お客様のところに行って、「明日から価格を2割、3割上げます」と一方的に伝えるということではありません。製品の価値をきちんと認めていただいた上で、お客様がどう使うかも踏まえて値付けをしています。

 適正な価格で買っていただかないと、お客様からの増量要請に応えるために、その製品への再投資もできません。そうしたことを熟慮して、お客様にご理解いただく努力を続けています。当社では、お客様に価値を認めていただく意識が全ての部門に根付き浸透しています。

 ー そのためにも製品の品質がよくなければならないと。

 斉藤 その通りです。価値あるものでなければ、お客様は相手にしてくれません。製品の品質も総合力の一つです。その力がなければ交渉もできませんから、品質は重要な役割を担っています。

 ー 例えば信越化学の主力事業である塩ビなどは汎用製品と言われますが、その中でも利益を出している。

 斉藤 塩ビは基本的には市況で価格が決まります。市場が大きいだけに、価格の水準については、調査会社やメディアを通じて、ある程度把握することができます。市況の中で、市況から外れない、ある範囲の中で適正な価格を付けていくことが大事になります。

グローバルで仕事しなければ勝ち抜いていけない時代

 ー 信越化学もシンテックという重要拠点を置く米国では斉藤さん自身も長く仕事をしてきたわけですが、その風土をどう見ていますか。

 斉藤 米国は失敗を恐れずにリスクを取りに行く風土ですね。それに対する見返りも非常に大きなものがあります。ですから報酬に対する考え方が日本とは全く異なります。

 それこそ、「金鉱」を掘り当てるようなことが各所で起きているわけです。「金鉱」を求めて世界中から優秀な人が集まってきます。一方で格差など様々な問題があるわけですが、そうした問題があっても人や企業が集まるだけの魅力があります。

 ー GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)が米国に生まれ、日本ではなかなかそうした存在が生まれないとよく言われますが、その辺についてはどう思いますか。

 斉藤 私は米国と同じやり方を日本に期待するのは無理があると見ています。例えば、日本の特徴である「穏やかさ」を前面に押し出して、「くつろげる国」にすることが大事ではないかと思います。国内外の人達にとっての憩いの場所になるということです。もちろん、それだけでは国民を養っていくことはできませんから、国内にきちんとした産業があることが大前提になります。

 ー 世界の中での日本の立ち位置を明確に認識すべきだと。

 斉藤 いずれにしろ、日本は人を含め、何もかもが足りなくなるわけですから、日本の中だけで物事を解決しようというのは無理な話です。

 企業も同じです。グローバリゼーションの揺り戻しで、逆回転が発生しているなどとも言われますが、グローバリゼーションは大事です。日本にとっては不可欠ですし、企業も同様です。私たちは日本で発祥し、日本に経営の中枢を置く企業ですが、やはり世界で事業ができないと困ります。

 ここのところ「自国第一主義」を唱える国が増えていますが、そのような状況下でも適切な対応を柔軟に取ることで勝ち抜かなければなりません。

世界で勝負したからこそ今がある

 ー 先行き不透明で、様々なことが起きる時代になりましたが、そこを粘り強く、柔軟にということになりますか。

 斉藤 はい。難しい時代ですが、当社のような素材の製造業として問われるのは、やはり技術です。そして品質と安定供給に寄せていただいているお客様の信頼を決して損ねないようにしていかなくてはなりません。

 今申し上げたことは、以前から日本が取り組んできたことです。今の時代、どの国の企業であっても世界中から情報を集めています。グローバリゼーションが、ある程度変質したとしても、この取り組みは変わらないと見ています。

 ー 人材についても多様化が進んでいますが。

 斉藤 当社の仕事は、そこまで多くの人を要するものではありませんが、それでも人材を確保するのは簡単ではありません。ですから、必要な人材の確保は日本のみならず、海外にも目を向ける必要があります。そこは多国籍で、必要に応じて取り組んでいます。

 ー 改めて、斉藤さんが信越化学を選んだ理由を聞かせて下さい。

 斉藤 私が入社した時(1978年=昭和53年)は、いわゆる就職氷河期、日本企業は軒並み採用中止という厳しい状況でした。とにかく企業を調べるわけですが、その時に友人と話をする中で「半導体関連はいいのではないか」というイメージは持っていました。

 ー かつて日本の半導体産業は世界に冠たるものでしたが、その後、厳しい状況を迎えました。そして今、改めて国として半導体の基盤技術に注力しているところですね。

 斉藤 はい。日本は半導体のデバイスで一時、世界を席巻しました。そうした時代があったからこそ、素材メーカーも育ったわけです。その半導体デバイスで海外勢が急速に事業を拡大したため、素材を供給していた私たちも世界で勝負することになり、鍛えられて今があるのだと思っています。これからも私たちは世界で勝負し、必ず勝ち抜いていきます。