宇宙航空研究開発機構(JAXA)とNECは1月23日、両者が共同で進める宇宙空間での光通信の取り組みに関するブリーフィングを開催し、光データ中継衛星を用いた光衛星間通信システム「LUCAS」の概要について、プロジェクトマネージャを務めるJAXA 第一宇宙技術部門 JDRSプロジェクトチームの山川史郎氏などが説明。同システムの強みや意義を解説するとともに、同日に発表された、1.5μm衛星間光通信による超大容量ミッションデータ伝送実証の成果について報告した。
高速・大容量データ伝送を可能にする衛星間光通信
人工衛星を活用したさまざまなソリューションの開発が進められる昨今では、衛星による地球観測データに対し、高い分解能や観測の高頻度化、即時性の向上が求められるようになっており、衛星と地上局を結ぶ通信回線の容量を拡大させ、データ伝送の高速・大容量化を図る必要が生じている。その実現に向けてJAXAが開発を進めているのが、低軌道を周回する地球観測衛星(LEO衛星)と地上局をつなぐ通信に、データ中継用の静止衛星を活用する“光衛星間通信システム(LUCAS:Laser Utilizing Communication System)”だ。
現在は、LEO衛星と地上局による直接通信が主な方式となっている。それに対しLUCASによる通信では、静止衛星と地上局は常時通信が可能であるうえ、静止衛星の広い可視範囲内にLEO衛星が位置する間は衛星間通信が可能なため、通信時間が格段に長くなり、観測データの即時性向上も実現できるとする。説明を行ったJAXA 第一宇宙技術部門 JDRSプロジェクトチームの山川史郎氏は、データのリアルタイム性が重要な場面として「災害時」を挙げ、2011年に発生した東日本大震災のさなかに沿岸部の緊急観測を行ったデータ中継技術衛星「こだま」の事例を紹介。即時的な運用および観測データのダウンリンクにより、短時間での被災状況把握が可能だったと語る。
そしてLUCASでは、こうした衛星間通信システムを“光化”でつなぐ点が重要だ。光通信では、高速かつ大容量のデータ伝送が可能で、衛星に搭載する通信用機器も小型・軽量化が可能とのこと。また通信波の広がりが小さいため、通信システム間の干渉が発生しにくく、通信の妨害・傍受リスクも技術的に極めて困難であるなど、さまざまなメリットを発揮する。なおLUCASでは、地上の光ファイバ通信でも一般的に用いられる1.5μm帯の通信波長が用いられており、地上通信で確立された技術の活用が可能である点も今後の開発効率向上につながるという。
ただし、通信波の広がりが小さくなることは、光ビームを送信先までより正確に届ける必要も生じる。前出の衛星「こだま」で使用された電波(Ka帯)通信では、地上におけるビームの捕捉・追尾領域は直径約60km程度だったとのこと。一方のLUCASでは、光ビーム捕捉・追尾領域の直径が560m程度だといい、4万kmの高さに位置し秒速3.1kmほどで移動するデータ中継衛星からビームを正確に届けるには、極めて高精度なポインティング制御が必要となる。
LUCASでは、衛星同士の捕捉・追尾にあたっては、段階的に捜査範囲を狭めていく方式を採用。LEO衛星側が直径約90kmの範囲内で光ビームをスキャンするスパイラルスキャン、逆に静止衛星側が10km程度をスキャンするラスタースキャンを経て範囲の特定に近づけ、最後にランダムスキャンを行って追尾を確立するという。この技術により、“広がりにくい”特性を持つ光を用いた通信の強みを活かし、無中継でおよそ4万kmまでの距離長距離を通信することができるとした。
ALOS-4による地球観測データの高速ダウンリンクに成功
今般JAXAとNECは、2024年7月に打ち上げられた先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」と、2020年11月に打ち上げられていた光データ中継衛星を用いた超大容量ミッションデータ伝送に挑んだ。なおNECはこのプロジェクトにおいて、LUCAS全体のシステム設計に加え、光データ中継衛星用および地球観測衛星用の双方の光通信ターミナル機器を開発したとのこと。同機器では、超高精度の指向制御システムや3W級の超高出力ファイバアンプ、超高安定ドップラ補償システムなど、通常の光ファイバ通信に用いられる技術を衛星通信向けに転用したという。
そして2025年1月10日、ALOS-4に搭載されたフェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダ「PALSAR-3」によって観測された画像を、光データ中継衛星を経由して地上までダウンリンクすることに成功。10m分解能・200km幅での30分間の観測結果が、光通信によって宇宙から地球まで届けられた。
なお今回伝送されたのは、ヨーロッパからアフリカまでの上空を北から南へと観測したデータで、北極海の海氷やハンガリー・ブタペストの都市部、ナイジェリアの自然保護区などが含まれる。実証では、撮像と並行して光データ中継衛星へと逐次伝送することで、超大容量データの即時伝送を実証できたとする。この規模のデータ量は、衛星と地上での直接通信では1度で送信できず、数周回にわたって衛星からの伝送が必要だったとのこと。この方法では100分以上の遅延は免れないことから、データの即時性が発揮され、LUCASを経由した衛星の緊急コマンド運用とも併用することで、災害時などの迅速な状況把握に寄与することが期待されるとした。
宇宙光通信システム開発は「技術の総合格闘技」
地球観測データのリアルタイム取得をはじめとする宇宙データ活用法の実現に向け、データ中継衛星を介した光衛星通信ネットワークへの期待はますます高まると予想される。ただし前述の通り、光学や熱設計、機械、電気的制御などさまざまな領域で高い技術が求められる宇宙光通信について、NEC フェローの三好弘晃氏は「技術の総合格闘技」と表現した。さらに、そのような高い技術的要求を達成し長年にわたって宇宙技術の発展に取り組む同社にとって、「技術は最後には人に宿る」とし、「高い技術力を持つNECのエンジニアたちが最大の成果」とコメント。今後も技術力を活かして、不可欠になっていく光衛星通信ネットワークの開発を続けていくとする。
またJAXAの山川氏は今後について、2025年7月からを予定するALOS-4への本格的なデータ伝送サービス開始に向け、性能評価や実験検証を実施するとした。加えて、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームにも光衛星間通信機器を搭載し、光データ中継衛星を利用した実験データ伝送も計画しているとのこと。その他にも、国内外の関係機関とも共同しながらさまざまな取り組みを進めていくとする。
山川氏は、「今回の成果を足掛かりに、NECとも協力しながら幅広く宇宙技術の進化に努めていく」とコメント。一方NECの三好氏も、「今回の成果に代表される技術的なアドバンテージを活かして、“宇宙化したインターネット”の実現に向け、今もこれからも挑戦を続けていく」と締めくくった。